青空にやられて

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青空にやられて

青空。 あれは欠けてしまった心だ、 心の欠片かけらなのだ、 重力のようにわたしを惹き、 幼子の瞳のように影を呑むのだ、 どこにも行けないという幻肢痛。 慰めがたい痛みを慰めようと 冷ややかな雑踏のなかに わたしは身をうずめた。 黒々としたアスファルトのうえ、 鈍い玉虫色の水溜りをまたぎ、 あらゆる影から滲みでた激流が 奔る、奔る。 青空はやがて海になる。 亡霊にもなれなかったものたちの 忘れてしまった声たちが響く 海になる。 かつて青空の欠けらは流星群となって 夜空を切りさいて水平線になった。 星の瓶を両手で握りしめ、 夢のかなたにまで羽搏いた日々よ! かがやける海ガラスの浜辺を思いだす。 今やわたしは波打ち際にひからびた 網にからみとられた藻屑である。 電波じみた妄想にからまった藻屑である。 だれかが走っている。笑い声がある。 青空にひびきわたる笑い声よ、 おまえはだれだ、だれだ、 わたしの忘れたものだ。 からみとられる足もない もがくべき腕もないわたしは 溺れ、流され、ここに在る。 ここに生きている。 波に揺られては吐きだされる、 だれかの影を踏みしめ、踏みしめられる 赤錆びた街からのぞく朝の 変わってはくれなかった青空が眩い。
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