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喋る蛸
「なんか知らんけど、喋る蛸が居るらしい、しかも毒舌の……」
そんな都市伝説がまことしやかにSNSを賑わしている時、ひとりのお金持ちがタコと喋っていた。
男の目の前には見るからにタコにしか見えない何かが居たのだが、男がそれをタコだと思えないのはどこから発しているのかわからない声のせいだ。
「何を驚いて居るのかネ?」
「い、いやぁ、本当に喋るんだな」
「当たり前だネ、だからこそ大金を出して買ったんだろうがネ」
「いや、、、そうだが」
実はこの喋る蛸はNASAがどこかで発見したものらしいのだが、財政事情の改善の為に超が付くほどのお金持ちにしか出回らないパンフレットの中で戦車型シェルターの下の方に載っていた。
男はほんの遊び半分でそんな都市伝説みたいな「喋る蛸」を購入した。
「どこかにスピーカーでも入ってるのか?」
「バカな事を言うネ、スピーカーなんてあるわけがないネ」
「それは調べて見ないとわからんだろ」
「解体する気かね?すぐにそうやって乱暴な解決をするのは知能が低い証拠だネ」
「知能?本当に知能があって喋ってるならお前こそ言葉に気をつけたほうがいいぞ?まぁ、スピーカーから喋ってるだけなんだろうからそうやって虚勢をはれるんだろうがな」
そう言って男はタコを睨みつけた。
「いやいや、スピーカーなんて入ってないがネ?千切りにしようなんてのはやめたほうがいいがネ」
そう言ってタコは腕の一本をぐにゃりぐにゃりと幾何学的に踊らせながら忠告した。
「な、なぜ千切りにしようとしてるとわかった?」
「そりゃ単純にあんたの心の中を覗いたからだがネ」
「はぁ?喋るってだけでも珍しいのに更に心の中を覗けるだと?ははは、、、それが本当なら今ワシが何をかんがえているのかわかるか?」
「そこまで言うなら遠慮なく覗くがネ、あんた、なんか殺されたがってないかネ?」
「……なんだって?」
「だから、誰かに殺されたがってるんじゃないかネ?」
「はは!くだらん!ワシは北海道のドンファンと呼ばれたほどの男だぞ?世界中の美女を抱きまくったし、それを可能にする財力もある!さして病気になってる訳でもないワシが?ははは殺されたがってる?ははは、こいつは傑作だ!ははははは……」
「まぁ、なぜかは知らんがネ、あんた死んだら家政婦にたんまりお金が入る様にしてるよね?そりゃなんでかネ?」
「は?そりゃ、日頃身の回りの事を任せてるから当たり前だろ?」
「そんな事をしたら何かの気の迷いで家政婦があんたの命を狙うと思わないのかネ?」
「……そんなのはワシの知ったこっちゃない」
「あんた、テレビで家にとんでもない額の現金があるって公言してるよネ?」
「……それがどうした?」
「その割にはセキュリティらしきセキュリティもない、こんな一軒家に家政婦とと二人暮らしで用心棒がいるわけでもない、これはまるで襲ってくれと言ってる様に見えるがネ?」
「セキュリティなら監視カメラが付いてる」
「監視カメラはあんたの命を守ってはくれないと思うがネ?それに賊が入りやすいように家政婦が手引きするかもしれないし、あるいは、手引きまでしなくても見てみぬふりくらいはするだろうネ?なにせ大金が入るんだから」
「……そんな理由だけで死にたがってるっていうのか?」
「まだあるがネ、いかにも財産目当てで何をするかわからないような若い女を嫁に選ぶとかネ?」
「おい!言いがかりも大概にしろ!そもそも大勢の人間から羨ましがられてるワシがなんで死にたがる必要があるんだ?バカも休み休みいえ!」
「それが理由かもしれんがネ」
「は?なんだと?」
「あんたは人に羨ましがられる事でしか自分のアイデンティティを保てなくなっているんじゃないかネ?」
「は?」
「だから、本を出したりテレビにでたり、なんとか羨ましいと思われるのに必死な訳だネ?だから人に羨ましいと思われたまま死にたい、まぁ、そんな理由じゃないかネ?」
「羨ましがられる人生、最高じゃないか?なぜ死ななきゃならんのだ?」
「人に羨ましいと思われないと成立しない幸福なんて既に幸福と呼べる様なシロモノじゃないんじゃないかネ?」
「な、、、なんだと?」
「つまりあんたは自分の幸福に絶望してたってわけだネ、いや幸福だと思ってた事が自分のトラウマと直結したというべきかネ?」
「わしのトラウマ?なんだそれは?……だいたい死にたければ自分で安楽死したほうがましだろ!」
「自殺は出来ないのがあんたの辛いところなんだネ、なぜなら人から憐れみをうけるのが死ぬよりつらいんだからネ」
「……な」
「人から憐れみを受けた過去のトラウマをバネにここまでのし上がったのは良いが、若くて綺麗な女を抱く度に年老いたみすぼらしい自分に憐れみが向けられている様な気がしていたんじゃないかネ?実際に最近付き合いだした女は老人介護とか言ってたよネ、あんたにはそれが我慢ならない事なんだネ、でも自殺もできない、ならあとは殺されるように仕向けるしか残ってないネ?」
「……わかったぞ、お前は俺の成功に嫉妬してる誰かが仕組んだイタズラだな?どこかにマイクがあるんだろ?解体してやる!ついでに詐欺でNASAを訴えてやる!」
「解体?やめたほうがいいがネ!心が読めると言ったがネ!実はテレパシーも使えるがネ!解体されてる間にマスコミにあんたが死にたがってる事を伝えることができるがネ!そうしたらあんたの一番嫌いな状況になるがネ!」
「ワシの一番嫌いな状況?」
「そうだがネ!つまり憐れみと同情だがネ!」
「なんだと!なら殺してから解体だ!」
「殺す?そんな事をしても本当の死に至るまでにテレパシーを送れるがネ!」
「本当の死に至る方法はなんだ?」
その時なんらかのテレパシーが男の脳内に響いた。
『流石に食べられたら死んでしまうが、この事を言うわけにはいかないがネ!』
男はニヤリと笑ってゆっくりと蛸に近づいた。
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