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多々野良見は食欲がなかった。一流シェフのつくった、せっかくのオムライスに口をつけず、スプーンを皿にもどすと、
「どうもなあ」
と、ついぼやきが口をついて出た。「どうにも、東京一極集中が直らない。もう少し、地方に人口を分散させたいんだが……」
多々野の言葉を耳にして、テーブルの向かいに座って、黙々とオムライスを食べていた深沢優一が、スプーンを持った手を止めた。咀嚼しながら、ぎょろりとした目を多々野に向ける。憐れむような目である。
多々野は大学のころから、深沢のこういう人を見くだすような目つきが苦手だった。
多々野と深沢は、現在六十二歳。同じ大学の同期であり、合気道部でいっしょだった仲だ。
法学部にいた多々野は、紆余曲折の末に政治家になり、二年前から総理大臣の座についている。
工学部にいた深沢は大学院に進み、卒業後も大学に残った。いまは教授となって、いくつもの著作を著している。
今日は、多々野が総理大臣として、民間人と昼食をとりながらざっくばらんに話し合う場である。その席に、旧知の深沢を呼んだのだった。
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