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 1ヵ月ほどたった頃のことです。  私は、大学生活にも慣れて充実した日々を送っていました。そんなとき、入学式の日に大学側が撮ってくれたという写真を学生ひとりひとりに配ってくれることになりました。  なんと、無料で全員にくれるそうです。  夕方16時から講堂で手渡してくれるということで、講義が終わった学生たちが続々と講堂に集まり始めました。  講堂の一箇所に会議で使うような長テーブルが置いてあり、そこに大学の職員3人が等間隔に並んで立っています。クラスごとに指定された列に並んで、職員の前まできたら名前を言い、名簿にチェックを入れてもらうと、写真の入った封筒を受け取れるようです。  私は友達と一緒に列に並びながら、すでに写真をもらった人に声をかけ、見せてもらって楽しんでいました。  ある友達の写真には、入学式中居眠りしている人が写っていてみんなで爆笑したり、ガラスに写った人が心霊写真に見えて騒いだり…。  心霊写真? 私は急に不安に駆られました。  1ヵ月前、殺してしまった田中さんの霊が私の写真に写っていたらどうしよう…。私、心霊現象が本当に大嫌いなんですよね……。ここにきてもなお、私には殺してしまった田中さんに対する謝罪の気持ちはなく、とにかく心霊写真だけは勘弁して欲しいという思いでした。  そうこうしているうちに私の番がやってきました。大学の職員に名前を告げると、大量の封筒の中から私の封筒を見つけ出して渡してくれます。ドキドキしながら受け取りました。かなり分厚く、たくさん写真が入っているようです。いくつになっても、写真を見るのは楽しいものです。しかも、今は何でもデータでやり取りする時代。だからこそ、現像された写真がもらえるというのは特に嬉しく感じます。  私は一つ大きく深呼吸して、封筒から写真の束を取り出しました。1枚目に目を落とします。  これは…私が小学生の頃の写真。友達2人と一緒に下校している様子が写っています。私を含め3人ともカメラの方を見ていないということは、どこかから隠し撮りされたのでしょうか。  2枚目の写真も小学生の頃、3枚目から5枚目は中学生の頃、6枚目から10枚目は高校生……。  この大学に入るまでの30年間の私の様子が、計20枚の写真に収められていました。他の友達は、大学入学の日の写真のみ。なぜ、私だけ小学生の頃からの写真が入っているのだろう。そもそも、これは誰が撮ったのか……。  私は疑問と恐怖でパニックになりながらも、21枚目の写真を見ました。  この大学の入学式の写真、なんの変哲もない入学式の写真でした。22枚目も23枚目も24枚目も、入学式の日に新しくできた仲間と楽しく笑っている写真でした。なんだ、私もちゃんと入学式の写真あるんじゃん。その楽しそうな写真にほっとして、パニックになっていた頭も落ち着いてきました。  大学入学前までの写真が入っていたのはちょっと怖かったけど、心霊写真はなさそうで一安心です。  そして、最後の一枚、25枚目。  私の顔は一瞬で真っ青になりました。  それは、入学式の日、職員室で私が田中さんを突き飛ばした瞬間の写真でした。誰に撮られたんだろう…。大学の職員はみんなこのことを知っているんだろうか…。知っているなら、なぜ誰もこのことに触れてこないんだろう…。本当はもう警察に言ってあるのか…。私は逮捕されるんだろうか……。  いろいろなことを一瞬で考えて、恐怖で顔から血の気が引いているのを感じ、体も震えてきました。しかし、一番の恐怖は、その写真が入っていたことではありませんでした。  それは、田中さんを突き飛ばした瞬間の、私の“顔”でした。  これが、本当に私なのだろうか。私は、本当に人間なのだろうか。血走った目、吊り上がった眉、人を突き飛ばしているというのに、口元には笑みを浮かべている。  そのときの私は、この世の者とは思えない、鬼のような形相でした。
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