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「何で秋がこんなに寂しいのかわからない。夏には毎年うんざりしてるのに」  天は高く、馬は肥え、ひちろの愁いは深い。 「卒業まであと半年だしね」 「そんな話してない」  古文の教科書に顎を乗せ、ちひろは棚引くようなため息をつく。  俺たちはたぶん、同じ高校へ進む。 「遠くに行きたいよ。ふたりきりになれるところに」 「いまだって部屋にふたりきりだけど」 「……えっちなことする?」 「そういう流れだった?」  秋は夕暮れ。ちひろの白い頬に、夕日の差して。 「――月日は百代の過客にして、行きかう年もまた旅人なり」 「松尾芭蕉?」 「松尾芭蕉はどうして旅に出たんだっけ」 「松島の月が見たくて」 「見たいな、月」 「もうすぐ出るよ」  そうじゃなくて、とちひろはむくりと起き上がる。 「行きたいよ、松島」  烏は寝所へ飛び急ぎ、ちひろは涙に袖を濡らす。鼻水をすするちひろに、ひらりひらりとティッシュを差しだす。  行けるって。もうすぐ。大人になれば。いつでも。  そんな適当な言葉を、ティッシュの合間に差し込みながら。
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