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西暦23XX年
ひとりの少女が、穏やかな眠りから目覚めた。
「おはよう、瑠衣」
意識が微睡みから解放されると同時に、どこか心地の良いその声が耳へと響き、声がした方向に眼をやった瑠衣は、その目に映りこんだ男に驚いた。
男は口許に笑みを浮かべ穏やかな表情を作りながら、かなりの近距離で、横になっている瑠衣の顔を覗き込んでいた。
瑠衣がその男を見て何故驚いたのかといえば、全く見覚えのない男だったからだ。
瑠衣は勢いよく起き上がり、身構えた。
「あなた、誰ですか!?」
「俺は、サクヤ。君の幼馴染みで、恋人だよ」
柔和な笑みでサクヤと名乗ったその男に、戸惑いの様子は見られない。
「なにを……言ってるんですか?」
全力で戸惑う瑠衣に、サクヤは気にせずに言葉を続けた。
「因みに、君の名前は瑠衣。今は夏だから、9月生まれの君はもうすぐ20歳になるね。もう学生ではないし、働いてもいない。今は俺と暮らしていて、毎日仲良く過ごしているよ。改めて宜しく。瑠衣」
理解が出来ないといった顔で、瑠衣はサクヤを見つめた。
「他に何か、聞きたいことはある?」
問いかけられたものの、思考が追い付かない。
「自分の名前は、分かってる。でも、あなたの事は知らない。それに……自分の名前以外、何も……何も、思い出せない」
片手で頭を押さえ混乱している瑠衣を見て、サクヤは困ったように微笑んだ。そして瑠衣と同じように自身の頭に手をやり、男性にしてはサラサラと艶のある髪をクシャリと掴み、そのままかき上げた。
「大丈夫だよ、瑠衣。俺がいるから。今は怖いかもしれないけれど、心配しなくて良い。安心して生活できるようになるまで、きっとずっと助けるから。側にいるから。手も出さない。君には触れない。だから、安心して? 瑠衣」
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