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サクヤという名前以外、その男の事は何も知らなかったが、瑠衣はその口ぶりや仕草や声、そして表情などに不思議な安堵感を覚えたのだった。
────こうして、瑠衣とサクヤの二人だけの生活が始まった。
瑠衣は、サクヤに様々な事を訊ねた。
「両親は?」
「あなたの年齢や職業は?」
「過去に、私たちはどんな会話をした?」
「どうして私は記憶を無くしているの?」
これらの問いに、サクヤはひとつひとつ答えていった。
両親は、二人とも一年前に突然の事故で亡くなってしまったこと。
サクヤの年齢は、21歳。今は自宅で物を書くことを仕事にしているということ。
幼馴染みの二人の会話はくだらないものが多かったが、サクヤが瑠衣に告白をした時は、真剣で。それに答えてくれた時は、とても嬉しかったということ。
記憶を無くしてしまったのは、二人の両親を同時に失ってしまったショックが原因だということ。
色々と検査はしたが、脳になんらかのダメージがあるというわけではないということ。
「サクヤさん。今は、どんな世の中ですか?」
「瑠衣、名前はサクヤで良いよ。それに、敬語もいらない」
「さ……サクヤ? 今は、どんな世の中なの? ですか」
瑠衣は、誰の目から見ても美しい少女だった。もう、女性と表現しても良いかもしれない。そんな瑠衣に小首を傾げながら名を呼ばれ、サクヤは口から息を吐き出した。
「瑠衣は本当に可愛いね。ゆっくりで良いから、少しずつ慣れていこう」
そう言ってサクヤは瑠衣に手を伸ばし……途中でその手を止め、開いていた手を軽く握りながら引っ込めた。
「今、頭を撫でようとしたんですか?」
「そうだね、つい。癖になっちゃってるのかな。昔からよく瑠衣の頭を撫でてきたから」
「そっか……」
瑠衣は自分に手を伸ばされた時、ドキリとした。サクヤも容姿は端麗だ。その上、とてつもなく優しい。どこか恋人という関係を実感できずにいたが、自身の胸がその信憑性を増幅させた。
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