勝利は偶然、敗北は必然

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勝利は偶然、敗北は必然

「やりましたね」  勝利騎手インタビューを終えた僕に、記者の坂本さんが祝いの言葉をかけてくれた。 「坂本さんのヒントのお陰です。ありがとうございます」 「こっちこそ。お陰で馬単万馬券がヒットしました。社内でも鼻高々ですよ」  坂本さんはそう言って笑っていた。 「負けるパターンのほとんどは情報不足、慢心、思い込み、この3つのどれかから来るものです」  坂本さんはあのときこう言った。  今回の3強と言われた馬は皆、後方からの競馬を得意としていた。互いに互いを警戒せざるを得ない状況だった。 「大逃げを打っている馬がいるけれど、最後の直線でバテる」 「他の人気2頭の動き押さえていれば、なんとかなるだろう」  僕が他の馬に乗っていたとしたらきっとこう考えただろう。だが、サラブレッドの瞬発力には限界がある。後半の1000mが前半の1000mより3秒近くも遅い超スローペースで、しかも後続をかなり引き離して逃げていたトライ君を後方から差し切れるほど競馬は甘くない。それに、トライ君は十分スタミナを備えていた。僕とトライ君の存在は他馬にとって情報不足、慢心、思い込みのフィルターにかかって完全にエアポケットに入っていた。  ただ、それよりも一番大事だったのは、 「トライ君は菊花賞では歯が立たない」  という僕の中にある思い込みを捨て去ることだったのだろう。僕自身が愛馬を信用して思い切った作戦を取ったからこそ、トライ君は晴れの舞台で大仕事をやってのけた。 「お疲れ様。そしてありがとう」  大河原先生が僕にねぎらいの言葉をかけてきた。 「さすが完璧な体内時計だな。素晴らしいペース配分だったぞ」  大河原先生は続けてそう仰り、僕の肩をポンと叩く。 「こちらこそ、本当にありがとうございました」  僕は深く頭を下げた。 「次走の有馬記念は追われる立場になるわけだから大変だぞ。それでも乗ってくれるな?」  大河原先生の問いに僕は無言で頷く。僕に断る理由があるはずがない。トライ君の能力はこれからさらに花ひらいていくに違いないのだ。 「さぁ、そろそろ表彰式だぞ」  先生に告げられウィナーズサークルへと向かう。そこでは僕達の姿を目に焼き付けようと無数のファンが集まっていた。 【終】
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