17mの壁

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17mの壁

 阪神競馬場のゴール板を駆け抜けた瞬間、僕・竹之内悠はため息をついた。今日行われたレースは神戸新聞杯。3歳馬にとって秋の大一番であるGⅠレース・菊花賞の前哨戦だった。私が騎乗していたトライアンドエラーは3着。何とか菊花賞の優先出走権を得たものの、ゴール板を前にしのぎを削る今年の日本ダービー馬・コレデイイノカと日本ダービー3着馬・キノウノナイトメアの足音を遠く前に聴きながらのゴールだった。 ーーこんなにも差があるのか……。  検量室に戻ってレースのビデオを見ながら、僕はそう呟いた。デッドヒートを制したキノウノナイトメアと2着のコレデイイノカの差はおよそ40センチの「アタマ差」。そのコレデイイノカとトライアンドエラーの差は7馬身。およそ17mという大差をつけられていた。 「お疲れさん。とりあえず優先出走権は手に入れたな」  調教師の大河原先生は笑顔で僕にそう告げてきた。 「でも、想像以上に強いですね。あの2頭。トライ君なら菊花賞、いけると思ったんですが……」  僕は思わずそう零した。    トライ君ことトライアンドエラーとの出会いは2ヶ月前。札幌競馬場で行われる阿寒湖特別というレースで騎乗機会を与えられたときだった。レースで手綱を握り、少し駆けただけで思った。  この子は強い。そして、賢い。  僕が手綱を引くと素直に減速してうまく息を入れていたし、ムチを見せた瞬間からは少しずつ、少しずつギアを入れ替え、残り300mになった時点からラストまでしっかりと粘り腰を見せていた。2600mという長丁場にも関わらず集中力を欠くこともスタミナが切れることもなく、危なげのない勝利を飾っていた。3勝以上している馬は出ることのできない条件戦とはいえ、円熟期を迎えていない夏の段階で3歳馬が歴戦の古馬を破るのは立派なことだった。 ーートライ君がもしかしたら僕に初めてのGⅠタイトルをプレゼントしてくれる相棒になるかもしれない……。  淡い期待を持っていた。だが、僕に突きつけられたのは17mという高すぎて、そして厚すぎる壁だった。 「まぁ、まだ本番まで1ヶ月あるんだ。今から尻込みしていたら勝てるものも勝てない。胸を張れ!」  大河原先生はそう言うと、僕の胸を拳で軽く叩いた。だが、大河原先生の励ましを真正面から受け止められない自分がいるのも確かだった。
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