一筋の光

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一筋の光

 菊花賞前日。僕は部屋にこもってレースビデオを眺めていた。この間の神戸新聞杯のものだ。僕が乗っているトライアンドエラーは控えて2番手を進んでいた。第4コーナーを回り残り600mを過ぎたあたりから徐々に前の馬をとらえ始め、最後の直線に向いたときにはすでに先頭に躍り出ていた。  だが、残り300mの辺りから状況が一変する。レースが始まって暫くの間は中団よりやや後ろにいたコレデイイノカとキノウノナイトメアが馬体を合わせるようにして迫ってきたのだ。残り200mを過ぎる頃にはこの2頭は後続を完全に置き去りにし、マッチレースさながらの様相になった。差は開く一方で、トライアンドエラーは後続に2馬身の差はつけたものの完封負けを喫した形だった。何度見ても、何度見ても力の差は歴然としていた。  勝てる糸口を掴めないまま、僕は今度はセントライト記念の動画を眺める。セントライト記念には青葉賞の勝ち馬であるシルバーソード、共同通信杯を制したウルセーダマレなどの実力馬も出ていた。シルバーソードは中団より少し前から抜け出して先頭に立ち、ウルセーダマレはそのほんの少し後ろから追い上げを見せて並びかけたが、マッスルトウコンはそれら有力馬を並ぶ間もなく直線だけで撫で切りにしていた。マッスルトウコンが最後の600mを駆け抜けたタイムは33秒6。さすが皐月賞馬で、末脚がとんでもなく切れる。  中段よりやや後ろからやってきたコレデイイノカと並ぶように競りかけて火花を散らすキノウノナイトメア、そしてその2頭を一刀両断にすべく豪脚を爆発させるマッスルトウコン……京都競馬場の最後の直線では前を行く馬を全て呑み込んで3頭が壮絶な叩き合いを……。  ……待てよ?  …………待てよ??  僕の思考がふと止まった。 「竹之内君は、体内時計に自信はあるかい?」  大河原先生は確かにこう仰った。 「負けるパターンのほとんどは情報不足、慢心、思い込み、この3つのどれかから来るものです」  坂本さんは確かにこう教えてくれた。 ーーもしかしたら……。  僕は目を瞑り、淀にある京都競馬場のコースを頭に思い浮かべた。そして菊花賞を走る予定の16頭をゲートインさせてみる。コレデイイノカ、キノウノナイトメア、マッスルトウコン……向正面から1周半、3000メートルのコースでの自分の位置どり、そしてライバルの位置どりを考える。1000メートルを通過したときの隊形、2000メートル地点での展開、そして最後の400m余りの直線での追い比べ……。もし僕がコレデイイノカに乗っていたら、どう考えて乗るだろう?もし僕がキノウノナイトメアの騎手だったらどんな戦略を立てるだろう?もし僕のパートナーがマッスルトウコンだったとしたらどういう位置どりをして、いつ仕掛けるだろう?そして僕は今回トライ君に乗る。真正面からぶつかったら確かに分は悪い。でも、でももし戦い方を変えたら……。 「もしかしたら、もしかするかも」  僕は思わずそうつぶやいた。時計はすでに深夜11時を回っていた。  勝負は明日だ。一筋の光が見えた以上、僕は諦めるわけにはいかない。トライ君は絶対に先頭でゴール板を駆け抜ける。それだけを信じて僕は眠りについた。  
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