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「うん、あと数回飴を舐めてれば毒も抜けるぞ」
ドクターが笑う。
定期検診。重たい鎖に繋がれた部屋の主が忙しなくいきかう。子供達の主治医。彼がいつからこの地下に居るのかは知らない。
「……君が生きていてくれて良かった」
「この飴、あの時点ではなかったんでしょう?」
その言葉を拒むように、私はその事実に触れた。
ドクターは瞑目する。
「ああ。君に与えられた毒は標的を殺したあと、君の命をも奪うものだった。
……ごめんな。立場上、謝る事が出来ない。恨んでくれて構わない。
ただ、君の行動が多くの人を救ったんだ」
「違うわ」
ふるふると首を振る。
私が今、生きているのは、私の行動の結果ではない。彼が気まぐれを起こしたからに過ぎない。
「それに、謝れないことを謝るのはおかしい」
「──彼は、本来使うはずだった術式の演算を止めて、自分を殺そうとした少女を救うために労力を割いた。
どうして彼は、そこまでしたんだろうな?
悲願だったはずだ。沢山の屍を踏みしめて成そうとした事のはずだ。
けれど、結果としてこの飴が存在して。
彼は、命を失った。
君は、生きている」
ぽつり、ぽつり。先生が言葉を紡ぐ。
雨だれのように私を打つ声。
「コバルトブルーは言ったの」
「コバルトブルー?」
「怖いくらいに綺麗な青い目だったから」
「……ああ、そうだった。それで、彼はなんて?」
「君はコロッケを作らなくていい」
「まぁ作るの手間だよな」
「そうなの?」
「きっと作ってみればわかる。そうだ」
先生が手元の板を操作すると、テーブルの上に像が紡がれる。
「これ、君にやる」
「これは?」
「コバルトブルーの遺産。彼の思考術式だ。危なそうなやつは抜いてしまったからほとんど抜け殻だが」
まっしろな兎。ふわふわしてあたたかそうな。青い瞳の兎。
彼(あるいは彼女)をそっと抱きしめる。
今なら言えるだろうか。私は戻ってきてからずっと抱いていた願いを絞り出す。
「私、陛下に会いたい」
会って真意を聞きたい。
遠い昔に空から降りてきた美しい異形。
「……申請しておく。叶うといいな」
こくりと頷く。
退室しようとドアノブに手をかけた時ドクターは言った。
「君は女王陛下の薔薇だから」
「──そんなことをいうのはドクターだけよ?」
それを無邪気に信じていた頃には戻れない。
振り返らないまま自嘲する。そのままドアを潜って螺旋階段を上がる。上へ上へ。
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