マリに捧ぐ

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その当時、僕は、専門学校のパンフレットをキャリーバッグに詰め、中央線に乗って吉祥寺から八王子に向かう途中、書店や大学(いくつかはバスを利用する必要がある)を巡り、パンフレットを配布して戻ってくるアルバイトをしていた。また別のルートもあり、モノレールで多摩センターから東大和にある書店や大型スーパー、スポーツジム、TSUTAYA、そして個人商店の電気屋などの前に置かせてもらっていたラックも訪れ、あとは、国分寺から西武線に乗り、いくつかの短大にも立ち寄ったりもした。 朝9時前に専門学校がある建物に入り、キャリーバッグにパンフレットを300枚から400枚ほど詰めこんで、受付の前を通り表に出る。 「行ってきます」 「いってらっしゃいませ」 以前このアルバイトしていた人は、手提げカバンを使っており、一度に60枚程度のパンフレットしか持っていかなかった。重いから。そのため、何度も何度も専門学校に戻ってきては、足を棒のようにしてパンフレットを配り続けていたらしい。僕は手提げカバンを使わず、自腹でキャリーバッグを買い、今までのバイトが1日かけて配っていたところを2時間で配り終え、家に帰ってゴロゴロしていた。 「どういう感じ?」とマリが聞いた。 「そういうことやって」 「そりゃ、気まり悪いさ、だからといって、またのこのこ配りにいくほどの仕事でもないしね」 「気がついてないの?」 「誰? 専門学校のやつら?」 「うん」とマリが頷いた。 僕は笑いながらこう言った。「気づいてたらこんなとこでマリとこんなことして楽しんでないだろ……」 このバイトには面白みがないけれど、一つだけ利点がある。約2時間でパンフレットの配布が終わり、すぐに戻ってこれることだ。そして、専門学校のすぐ近くにあるラブホテルでマリとセックスし、表面上は一日中仕事をしていたかのように見せかけ、毎日夕方5時頃に戻っていく。その時は、必ずちょっとばかりドギマギする。 勤務時間は朝9時から夕方6時まで。休憩が1時間。週休2日、土日祝日はお休み。時給1000円。1人仕事。マリに会わない日は午前11時頃から夕方まで家でのんびりしていた。のちにわかることだが、それではダメだったみたいで、一年でクビになった。とはいえ、いずれバレるだろと思っていた。 マリの方は夜から朝までコールセンターで働いていた。 もっともその仕事もたいした仕事じゃないみたいだ。 それはどういう意味? そんな風に思っているなら、今すぐここで終わりにしましょうよ。私は自惚れてる男に我慢するほど、人生暇も時間ももてあましちゃいないわ。なんてマリは言わない。 「行くの面倒くさいなぁ」とか「みんな電話に出てくれなんだよ。お化粧したり、爪のお手入れしたり、お手洗いに行ったり。その間ずっとテープが流れてるの。カードのお手続きのかたは、1を、解約の方は、2を、オペレーターをご希望の方はそのままお待ちください。で、ただいま電話が大変混み合っております。しばらくたってからおかけ直し下さいって、誰かが受話器を取るまで、それが流れ続けるの」 「時給いくら?」 「2500円」と彼女は真面目に答えた。 僕はマリの頭をヘッドロックのように抱えた。 やられたマリはにやにやしながら、スカートに手をあてて身なりを整え、髪を直した。
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