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早朝、大きいリュックの奥から取り出したグラブ袋からグラブホルダーを解き、それを手に馴染ませて
近くの公園に良さげな壁があった。
壁当ての守備練習に取り組んだ。仮眠を取る余裕もなかった。ただ新しい始まりにワクワクしていた。時刻は5時。始発まで待ちきれなかったんだ。
まず、夜中にも関わらず、不在着信にかけたら折り返しをくれる相手がいた。
付き合ってる彼女の紗綾だ。突然の二日間の失踪に泣いていた。妹も涙声で謝っていたらしい。故郷の両親や野球部のOBもみんな心配して待っていたという。でもそれほど大事になっていなかったのは、今、公園の水で顔を洗っている直政が町内野球部時代の連絡網を伝って故郷に連絡を入れていてくれたからだ。
「就職するよ。社会人野球でもっと自分磨くわ。」
そう宣言すると
「……内浜!」
タオルでさっぱり顔を拭いた直政が、待っていたかのように声をあげた。その声は公園によく響いた。
「紗綾ちゃん大事にしなよ。あんな良い子いないよ。結婚式絶対呼べよな。」
分かった、と呟くと同時に、直政はいつの間にか拾った俺のボールを俺に向かってぶん投げてきた。守備練習付き合ってやるから、とふはと笑って見せていた。
朝の5時の知らない公園。俺たちは小学生ぶりにキャッチボールを楽しんだ。
”───夜長の候、めっきり秋を感じる季節ですね。お元気で安心しました。内浜亮”
メッセージカードに記した言葉。
金木犀の花束はミチさんに託して、すぐに店を後にしたからあの後何が起こったのかは知らない。
けれど、俺が今も野球をやってることを教えたのだろう。そして名前を見て驚いたのだろう。
『あのっ、』
血相を変えた君は、手荷物を置いたまま店の外の路地まで駆けてきたのだ。
『頑張って、ください。』
君は変わらず端麗な赤いドレスを着ていたけれど、アイメイクが落ちていて少し頼りない少女のような表情をしていた。
そして、微笑んだのだ。
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