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第1章 思惑 3
案内された部屋に足を踏み入れ、カイは一瞬息を呑んだ。部屋に詰めた壮年の男達が、剣呑な表情を浮かべカイを値踏みするように観察している。
思わず一歩下がってしまいそうになると、後ろからやんわりマニーに背中を支えられた。
「御仁たち、夜分に押し掛けて申し訳ない。だが、少し急ぐ事情ができてしまった。話を聞いて頂けるだろうか」
マニーが簡潔に訪問の意図を告げると、部屋の中央に座っていた長い白髪の老人が頷いた。老人の側でレイヴィンが、やや緊張した面持ちでこちらを見ている。
老人の向かいのソファに座っていた男達がさっと立ち上がり、カイとマニーに席を勧めた。熱い茶が運ばれてきて、目の前の低いテーブルに置かれる。既に顔見知りらしい老人とマニーが挨拶を一言二言交わし、カイはその内容から老人が村の長であることを知った。促すように老人に穏やかな目を向けられ、カイは深く息をつくと口を開いた。
「初めてお目にかかります、イサドワ村長。王都研究所のカイ・ソンバーグと申します。レイヴィンがこちらにいると伺い、皆さまに明日再度山に入る許可を頂きたく参りました」
カイは、部屋中の厳しい視線が一身に注がれるのを感じながら、言葉を繋いだ。
「既にお聞きおよびかと存じますが、本日の調査で子竜を発見しました。今夜中にも、調査団は王都へ第一報を入れるでしょう」
「急ぎの事情とは、その報告のことかね」
動揺した男達の間に騒めきが起こる。マニーが、油断なく男達を視界に入れながら応じた。
「その通りだ。我々、調査団としては、あの子竜が噂の灰銀竜との確証はなく、無用な騒ぎは避けたい。しかし、王都は親竜の存在を無視は出来ないだろう」
「そのため、親竜と接触して、今すぐ人に危険を与える存在ではないと証拠を集めたいのです」
カイの言葉に、老人は怜悧な表情を浮かべながら問う。
「普通に考えて、子持ちの竜に近づくなどもってのほかだ。カイ殿、貴殿に何か策があるのかね」
カイはちらりとレイヴィンに目を走らせた後、言葉を続けた。
「信じて頂けないかもしれませんが、俺には生まれつき、獣と心を通じ合わせる力があります。今日、竜の巣穴にたどり着けたのも、子竜の声に導かれたからです。親竜とも、竜が望めば交流を持てると考えます」
部屋中の男達が黙り込む。マニーが片眉を持ち上げ、カイを見つめている。レイヴィンもこちらを真っ直ぐに見ていた。青年の黒曜石のような眸は力強かった。
「・・・儂は貴殿の力を信じるよ。なにせ、村一番の猟師が数ヶ月かけても探せなかった竜の巣を、たった1日で見つけてしまった」
老人が静かに告げた。その時、荒々しく部屋の扉を開けて、長の息子が飛び込んできた。
「お爺、調査団の通信を傍受した。王都へ竜保護のための増援を要請している」
「なんだと、話が違うじゃないか」
「直ぐに調査団の連中を捕まえろ」
「奴等を捕虜にして、王都と交渉しよう」
男達から沸騰したような怒号が上がる。隣りに座っていたマニーが瞬時に身を浮かせ、カイを庇うかのように前に乗り出した。カイは緊張で身を強ばらせる。イサドワの鋭いひと声が場を制した。
「静まれ、まだ事を荒立てるな。カイ殿、レイヴィンを連れて行くといい。貴殿の役に立つだろう」
「御仁は、我々の通信を盗聴していたのか」
「当然だよ、マニー殿。我々は辺境の非力な民、王都の人間を疑いもなく招き入れる程愚かではない。情報収集は欠かせない。本日も、貴殿らの調査の様子を見張らせていた」
イサドワは立ち上がり、厳しい目をマニーに向ける。レイヴィンが真っ直ぐ歩みよってきて、カイがソファから起き上がるのを手助けした。
「マニー殿は、我々に同行して頂こう。儂は、どうやら貴殿の上官と話をしなければならない」
「承知した。カイ、お前は大丈夫か?」
苦々しく顔を顰めるマニーを見て、カイは安心させるように頷いた。
「マニー、俺は大丈夫だ。王都の件頼んだ」
「カイ、充分気を付けろよ」
「心配するな、俺が付いている」
レイヴィンがカイの肩に手を置き、真剣な顔でマニーに向き合う。沈黙した男達の視線が一瞬絡んだ。マニーはふいと踵を返して、扉で待つ村の男達に続いた。身を守るように大柄な村の男達に囲まれた老人が、ゆっくりと後ろを振り返り、カイに声を掛けた。
「カイ殿、子竜が貴殿を呼んだのなら、果たして親竜は貴殿に何を伝えるだろうな」
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