第1章 不穏 2

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第1章 不穏 2

「私は貴方の意見に賛成ですよ」  ヨハンと肩を並べ窓の外に視線を転じながら、宰相が声を落とした。 「これを灰銀竜だと仮定の上、王都が動くのは時期尚早だ。現時点では、何しろ不明な点が多すぎる」 「・・はい、野生の竜がいるとしても、太古の力を持つ竜との因果関係がはっきりしません。まずは現地調査を続け、より確かな情報を集めるのが賢明です」 「同意だよ。それに成体がかなりの大きさならば、何故今まで存在を確認出来なかったんだ。せいぜい、不確かな竜の噂が辺境で立った程度だった」  宰相がもっともな疑問を投じる。これが長く議論が揉め、結論が出せないでいる原因だった。慎重派の宰相らは、なるべく目立った動きは避け、内密に調査を進めたかった。しかし閣僚の中には、子竜の確保を第一に優先すべきとする急進派、安全面の懸念から辺境の村に地方駐留隊の一部を配置すると主張する騎士団、はたまた調査団を増強して辺境での観察、調査を継続するべきという折衷案まで、さまざまな意見が出されていた。 「これを政治的な好機とみて、動くグループが出てくる。私は無用な諍いを招きたくない」  ヨハンは宰相の思惑を正確に読みとっていた。現在の王都は、微妙な政治バランスの上に成り立っている。先々帝が推し進めた技術の普及により、庶民でも学や才能があれば社会的地位を手に入れられるようになった。先帝時代には政権が王族から議会へ委任され、議会政治が百年近く続いている。人々の暮らしは格段に向上したが、旧時代の血縁と魔力がもたらす特権にあぐらをかいていた上流階級層の中には、密かに不満を持つものも多い。  どのような選択をするにせよ、灰銀竜がいるかもしれないと示唆することは、現在の政治バランスを崩すきっかけとなる可能性が高かった。 「さて、君の優秀な研究員は、この竜が無害でこのまま辺境で静かに暮らすべきと証明してくれるかな」  宰相が再び鋭い視線を向けながら、低く問いかけた。ヨハンは、ごくりと喉を鳴らす。この老獪な政治家は、何もかも見通しているようだ。 「・・・もう少し時間が必要です。彼は必ず親竜について、何らかの情報をもたらしてくれる筈です」 「期待しているよ、ハンコック君。我々はせいぜい議論を重ねながら、朗報を待つ事にしよう」  宰相は微かに頷いて窓辺を離れた。  ーーああ、カイ。無茶はしないでくれよ。  ヨハンは曇天の空の向こうにいる、若き研究者のことを想い、祈るような気持ちで呟いた。
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