第1章 宵闇 1

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第1章 宵闇 1

 「カイ、テントに取りに帰りたいものはあるか?」  レイヴィンは王都の研究者に尋ねた。長と年寄り組の男達は、調査団の副団長を連れて宿泊キャンプへ出掛けていった。カイはレイヴィンを見上げ、きっぱりとした顔で告げた。 「いいや、特にない。寧ろキャンプには今近づかないほうがいいだろう」 「そうだな、万が一騒ぎが大きくなる前に村からも離れるべきだな」  調査団が王都へ竜捕獲のための増援を要請したらしい。今朝ちらりと見かけた、やたら派手な顔をした男の姿を思い浮かべる。団長だという奴は、調査団の見送りで出て来たらしく、皆の輪から少し離れて立っていた。一瞬レイヴィンと目が合うと、その美貌に冷然と笑みを湛えた。 「本当はゆっくり身体を休めてもらいたかったが、仕方ない。今夜出発しよう」 「森の狩猟小屋へ行け。お前ら2人で寝るくらいの広さはある」  部屋に残っていたレイヴィンの父親が声を掛けた。 「今日まで俺が使っていた。一晩泊まれるくらいの装備は残してある」 「親父、出稼ぎだとかいって、俺達を張ってたのか」 「長の命令だ。お前、山で尾行されても気づいていなかったな」  してやったりと笑う父親に、レイヴィンは顔を顰めた。父親は鷹揚に手を振って、早く行けと二人を促した。  レイヴィンは手早くバギーに荷物を積み込み、出発の準備をした。カイは、村長の家で通信機を借り、何処かへ連絡を入れたようだった。長の家にバギーを乗り付けると、カイが細くしなやかな身体を助手席に滑り込ませてきた。ふわりと食欲をそそる匂いがたつ。 「これ、家の人が持たせてくれた」 「ああ、肉詰めのパンか。ありがたいな」 「嗅いだことのない香辛料の匂いがする」 「ここら辺でよく使う香草だな。竜肉によく合う」    手に持つ包みに鼻を寄せ、へぇーと感心したように声を上げるカイに、レイヴィンは思わず笑みが溢れる。先程まで緊張した面持ちで屈強な村の男達に対峙していたが、隣に収まる今は子供のように屈託がない。状況はのっぴきならないはずだが、レイヴィンは密かに胸が高鳴るのを抑えられなかった。  狩猟小屋は黒い森の中にひっそりと立っていた。板を建て付けた簡素な作りだが、寝るだけなら不足ない。父親が言ったように数枚の毛布と水が残っていた。レイヴィンは外で火を起こした。夏でも北国の夜は冷える。カイが小屋から毛布を引っ張り出してきて、ぐるぐると身体に巻き付けている。 「カイ、寒いか?」 「うん、ちょっと冷えてきた」  手を取ってみると、指先がずいぶん冷えている。 「とりあえず火に当たっていろ。今、とっておきを作ってやる」  レイヴィンは水を汲んだ鍋を火にかけ、さらに赤く焼けた石をいくつか鍋に放り込む。一気に水面が沸き立ったら、素早く茶葉を掴んで投げ入れ、さらにバギーに積んできた山羊の乳と砂糖、スパイスを加えて煮詰めていく。とろりとして甘い香りが立ち上ったところで液体をカップに注ぎ、カイに手渡した。  毛布から小さな頭を出したカイが、湯気をふうふう吹きながら嬉しそうに茶を啜る。ほっそりした顔が焚き火に照らされ、肌の白さが闇に引き立っている。尖らせた唇から、紅い舌がちらりと覗きレイヴィンはどきりとした。胸に湧き上がる不埒な想いをなんとか振り切り、カイの隣りで肉詰めパンに齧り付いた。少し苦味のある香菜が、香辛料をたっぷりまぶした竜肉によく合う。  ふと視線を感じて横を向くと、カイがはっとした顔で慌てて俯いた。 「・・・なんだ?」 「いっ、いや、いい食べっぷりだと思って」 「しっかり腹に入れて、休める時に休むのは狩の鉄則だ。緊張してるのか?」 「そ、そんなことないけど。。うーん、やっぱり少し気は張ってるかな」 「そうか」  レイヴィンは手を伸ばしてカイの顔にかかる黒い巻毛を耳に掛けてやり、そのまま形のよい耳の後ろから頸を指先でそっと撫でた。途端にカイは顔を真っ赤に染める。 「昼間、カイが俺を竜に引き合わせくれてから、胸がずっとどきどきしている」  カイが濡れたような灰色の眸で見つめ返してくる。 「・・・あの竜の巣穴で、気が付いたら呪言を唱えていた。俺の手が光った途端、竜と心が繋がった気がした」 「レイヴィン、君の魔力は本物だ。あの子竜は君を信頼して、力を分け与えたんだ」 「村の長達は、竜が100年に一度山に還ってくると言っていた。俺達の役目は、竜が無事に子育てを終えるまで見守ることだと」 「・・・竜が還ってくる、か。それじゃあ、巣立った竜達は一体何処に向かうんだろう」  カイがふるりと身体を震わした。レイヴィンはそっとカイの腰に腕を回すと、抱きこむようにカイを引き寄せた。
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