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第1章 辺境の村 2
調査団の宿営キャンプは、村はずれの草地に設営されていた。宿泊用テントが4基と、天幕をはった共同スペース、防水シートを被せた荷物置き場、簡易の手洗いが並ぶ。
調査に出る際は、時給自足が鉄則だ。燃料だけは、辺境近くの駐屯地で補給できるが、飲み水や食糧全て持ち込みとなる。荷を極力減らすため、毎回、少人数精鋭の編成となる。
今回は騎士団から3人、それに通信機器の技師、地理学者、竜の専門であるカイと、調査団長として同行する王都議員の7人構成だった。
議員以外は、テントを2人で使うことになる。団長は特別待遇という建前だが、王都のお目付役を煙たがる、騎士団員らの采配だと思われる。
宿泊地は夕餉の活気に溢れていた。調理は、騎士団の自称食い道楽、ロブナーが担当した。もう1人の年若い騎士サミュエルは、衛生兵も兼ねているらしい。
天幕の下に一同があつまり、賑やかに談笑しながらトマトと豆のスープをかき込んでいる。テーブルの端に陣取った騎士達の中に、寛いだマニーの姿もあった。どうやって調達したのか、この地特産の芋を原料としたアルコールも振る舞われていた。
「毎回、変わり映えしない顔ぶれだな」
通信技師のミゲルが、首を巡らして独り言した。カイ、技師のミゲル、そして地理学者のラジブは、騎士団からやや離れて固まっていた。
大柄で厳つい顔に無精髭を生やしたミゲルと、小柄で愛嬌のある丸顔のラジブは、いいコンビだ。食事中からずっと揶揄しあい、今は簡易カップで酒を酌み交わしている。
「あんただって、もう何回目だ?技師は専任でなくても、当番で持ち回れるだろう」
「俺は、毎回志願してるんだ。仕事扱いで、王都を離れて息抜きできるなんて、俺らみたいな社畜にはもってこいだろ」
意味ありげな流し目をカイに寄こしながら、ミゲルが応える。ポケットから、白いブロックのようなものを取り出し、手で煽っている。
興味を惹かれたらしいラジブが、ブロックについて質問する。
「まだ試作だけど、新しい通信機器だよ。
高山でも使えるように、弄ってみた。明日の調査で、試してみたい」
「へぇー、やけに仕事熱心だな」
「一応、調査団に選抜されるには、それなりの理由がいるんだ。これは、俺のアリバイみたいなもんさ」
ラジブが、嘆息しながら愚痴を吐く。
「俺の方は、山登りしたがる学者がいなくてよ。辺境なら慣れたもんだろうと、今回も1番若い俺に押し付けやがった」
「お前、専門は南の方じゃなかったか?」
「その通り!俺は、出身もフィールドも乾燥地帯だっての。山なんて、赤土のハゲ山にしか興味ないぜ」
「・・・・なんだか、お前ら学者の、調査にかける意気込みが透けて見えるようだな」
「それは、聞き捨てなりませんね」
「「ひっっ・・・、だだ、団長!」」
低い艶やかな声がし、カイの隣りに男が現れた。ミゲルとラジブが息を呑む。慌てて、カイは椅子から立ち上がった。
男はやや厚い唇に笑みを刻み、指の長い手を優雅にカイへ差し出した。突然のことに、カイは男の顔をまじまじと不躾に眺めてしまう。
つり気味の薄い水色の眸に、明るい金髪は白に近い。マニーに劣らぬ長身で、男らしく整った顔には色気さえ漂っていた。唯一、調査に初参加する、王都議員のオットー・ヴァン・ヴォンカルトだった。
年は、30代半ばくらいだろうか。20代の若い団員達の中で、お目付役らしく落ち着いて見えた。
「改めて、初めまして。ソンバーグ殿。
結団式で顔合わせはしましたが、もっと貴殿から、竜の話を伺いたいと思っていました」
カイは気後れしながら、手を握り返す。
「ヴォンカルト議員、俺のことはカイとお呼び下さい」
「それでは、私もオットーと呼んでくれますか」
「・・・そ、それは、、いや、でも・・・・」
戸惑うカイに、議員はますます笑みを深める。
「・・・困らせてしまったようで、申し訳ない。私は、皆さんと親しくなりたいと思っているんです。この調査へ加えて頂いたのも、何かの縁ですし」
議員の手に、力が加わる。なんで離してくれないんだろう。カイは受け応えに窮しながら、頭の隅でぼんやり思った。議員はしっかりカイの手を握り込み、あまつさえ親指で手の甲をゆっくり撫でていた。
王都に来てから知り合った者の中に、こんな風にカイに触れてくる者がいた。大抵、少し年上の男達だった。
「ヴォンカルト団長、心配り頂き感謝致します」
聞き慣れた声が背後からし、肩に軽く手がかけられた。マニーが人の良い笑顔を浮かべ、快活に話に加わってくる。ぐいっとカイの身体がマニーの方へ引き寄せられ、議員の手がするりと離れた。
「これはデメロ副団長、明日は宜しくお願いします」
「こちらこそ、団長にはお世話になります。貴殿には、ロブナーと共に留守を預かっていただく。我々も、気合いを入れて調査に向かえます」
「私は、まったくの門外漢だからね。せいぜい足を引っ張らないように精進する所存です」
マニーと議員の会話は和やかだが、なんだか2人の間に不穏な緊張をはらんでいる気がする。カイは、にこやかな調子を崩さないマニーを見上げた。
「団長は、竜にご興味がおありですか」
「ええ、私は灰銀竜の伝承を聞いて育ちましたから。もっとも、全て子供向けのお伽話の類でしたが。
カイ、君は竜が太古のままの姿で、存在すると考えていますか」
突然会話の矛先が自分に向き、カイは肝を冷やす。議員の水色の眸が、ひたと自分に向けられていた。
・・・なんだか試されている。
議員の意図がはっきり掴めず、カイは慎重に答えた。
「昼間に、猟師の息子に会いました。少なくとも、彼の話は虚言とは思えません。また、複数の人間が、同じ気象現象を目撃していることも、データとして信頼に足りると考えます」
「君は、実に用心深いね。僭越ながら、研究者として、好ましい資質だとお見受けしますよ」
議員が目を細めた。獰猛さを押し隠したような、薄い笑いだった。
「報告を聞くのが、楽しみだ。デメロ殿、戻ったら是非一席設けてさせて下さい」
「喜んで、ご相伴に預かります」
議員が天幕から出ていくと、すっかり気圧されていたミゲルとラジブが、息を吐き出した。
「なんだったんだ、ありゃ・・・・」
「アイツ、妙な色気も威圧感も半端ないな。さすが、票集めを生業にしてるだけある」
毒付いてはいるものの、いつもの調子が出ない。マニーが、ものいいたげな視線をカイに投げる。
「カイ、団長とは絶対に2人きりになるなよ」
「そんな機会、そうそうないよ」
特に深く考えず、カイは答えた。調査団の基本は、団体行動だ。
「・・・とにかく、気を付けろ。スポンサーの機嫌を損ねるのは得策じゃないが、媚びを売る必要もない」
「・・・う、うん。分かった」
++++
カイとマニーは、並んで宿営用のテントに向かっていた。ミゲルとラジブは懐に隠して持ち出そうとした酒瓶をマニーに見咎められ、すごすごと肩を落として引き上げていった。
・・・あの2人、明日の登山、本当に大丈夫なのか?マニーがぼやき、カイは思わず、くすくす笑いを漏らす。
目を上げると、重なる針葉樹の枝が薄闇を切り取っていた。北国の夏は、日が長い。地平線にオレンジ色が淡く残り、透明な青が濃さを増しながら空の深部へと広がっている。
ーー明日が楽しみだ。
カイは、抑えようもなく胸が高まるのを感じていた。
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