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第1章 探索 1
「なるべく荷物は減らして。日帰りの予定だから、必要最低限の水、食糧だけ積んでいく。山に着いたら、全員徒歩だ。現場まで、1時間程を見込んでいる。
気になることがあれば、今回は記録だけに留めるように。日を改めて、再度調査する」
マニーが、明瞭に注意事項を告げていく。最後は、カイ達ら、学者に向けた言葉だろう。カイは神妙に頷く。記録を残すための携帯カメラや録音機はあるが、バックパックは軽装だ。
カイ達は防寒コートを着込み、宿営キャンプの草地に集まっていた。地面は朝露に濡れ、早朝の空気が差すように冷たい。遠くから、村の外に放たれた鎧竜たちの低い鳴き声が聞こえる。
すでにオフロード向けのバギー2台が停車し、案内役の青年レイヴィンが車体にもたれかかっていた。厚手の革のジャケット、背に鞄を背負っている。艶やかな長い黒髪を、今日も後ろで束ねていた。
カイの横ではラジブが、まだ眠そうに体をふらふらさせて立っている。山でサンプル集めでもするのか、丸っこい身体に採取用具をぶら下げていた。通信技師のミゲルは、大柄な身体にバックパックを背負っている。
騎士団からは、副団長のマニーと、衛生兵のサミュエルが護衛も兼ねて同行する。
「あ、お前らは俺と一緒だから」
いそいそとバギーに乗り込もうとするミゲルとラジブを、マニーが捕まえた。
「ええっ⁈ 副団長、どうぞお構いなく」
「そうそう、是非カイと同乗して下さい。我々、のんびり行くので」
「ダメだ!集団行動を一番乱しそうなのは、お前ら2人だ。今日は、俺にぴったりくっついててもらう」
「なんだって辺境まで来て、騎士に監視されなきゃならんのだ」
「日頃の行いが、信用ならんからだろ。それに、これは仕事だっ」
騒がしい一団を横目に、カイはレイヴィンに声を掛けた。
「おはよう、レイヴィン。今日はお世話になります」
「・・・ああ」
辺境の青年は、精悍な顔をちらりと歪めた。もしかして、微笑んだのかもしれない。しかしすぐに、いつもの無表情に戻ってしまう。大きな手を目の前に差し出されカイが戸惑っていると、何も言わずに右腕をつかまれ、バギーに引っ張り上げられた。続いて、サミュエルも細身をカイの横に滑り込ませた。
レイヴィンは、長身をひょいっと前方の運転席に投げ込む。ブゥンと車体が低く唸り、バギーが振動を始めた。青年はマニーら後続車を振り返り、声を掛けた。
「森を突っ切って、最短で山の入り口まで向かう。見失わないよう、着いてきてくれ。一旦森に入ると、方向探知機は使えなくなる」
「了解」
マニーが運転席から快活に応え、バギーを始動させた。
++++
カイは必死でバギーの後部座席にしがみつき、振動に耐えていた。宿泊キャンプを出発して約1時間、カイ達を乗せてバギーは舗装してない剥き出しの道を結構なスピードで走っていた。斜面に沿って蛇行する道は、揺れもきつい。
勾配が上がるにつれ、鬱蒼としていた森が切れ、光が降ってきた。空を遮っていた針葉樹は、いつしか腰くらいの高さの低木になり、まばらに斜面に散らばる程度になった。シダに覆われていた緑の地表は、灰色のごつごつした岩肌に代わっていた。
オフロード向けのバギーは、軽量化のため車体は骨組みだけだ。おかげでまともに風を受けるし、時々跳ねた小石が身体を掠める。隣のサミュエルは、流石に騎士というか、バギーの骨組みをしっかり掴み、真っ直ぐ前を向いて顔色ひとつ変えていない。
「もうすぐ停車地点だ」
レイヴィンが振り返って合図した。
「・・・た、助かった・・・なんとか吐かずに済んだ」
カイは声を絞り出した。年若いサミュエルに、同情を込めた目を向けられる。
「大丈夫ですか?顔が真っ青ですよ・・・帰りは、酔い止めを差し上げましょう」
「・・・ううっ、申し訳ない」
「なんだ、王都の人間はひ弱なんだな。まだ、山登りも始まってないのに、リタイアか」
「俺は、研究者だっ。君達みたいに頑丈じゃないけど、断じて調査を投げ出すなんてことはしない」
カイは、弱々しくも抗議する。確かに涼やかな顔の二人に比べ、よれよれの自分は情けないが、これでも研究者の端くれだ。この7年、竜のため激務をこなして来た。ここまで来て断念するなんて、ありえない。
レイヴィンは、ちょっと思案するよう黙りこんでから、口を開いた。
「まあ、あんたが登れなくなったら、俺が背負っていくから心配するな」
カイは揶揄されたのかと思い、思わず前方のレイヴィンを睨んだが、青年の横顔は至って真面目だった。何か言葉を返さなければ、と思ったが、むかむかと湧き上がる吐き気を堪えるので精一杯だった。
バギーが速度を落とし、山肌の少し開けた地点に停車した。カイは、まだくらくらする頭を抱えながら、レイヴィンに支えられてバギーを降り立った。
意外にも、車酔いしたのはカイだけのようで、足取り軽く後続車のメンバーが追い付いてきた。ミゲルとラジブも平気な顔で軽口を交わしている。マニーが全員に招集をかけた。
「ここからは徒歩だ。レイヴィンに先導してもらう。何か注意点はないか?」
「野生動物を見かけた場合、小さいものでも絶対に近寄らないでくれ。山猫は、此処らも狩場にしている。うっかりしてると、自分が餌になるぞ」
「熊はいるのか?」
「この時期は、森まで南下していると思うが、山で出会うとすれば恐らく子連れだ。刺激したくない。一番気をつけるべきは、藪蚊だな。服の上からでも刺してくる。日陰で立ち止まらず、暑くてもジャケットを脱がないことだ」
辺境の青年が、山の上方へ目を向けながら答える。全員が神妙な顔をして頷く。虫刺されの苦しみは、毎回身をもって経験済みだ。
「カイからは、竜についての注意点はないか」
突然マニーに話を振られ、少したじろぎながら、カイは考えをまとめた。
「今回の目的は、あくまで目撃地点の確認、調査だ。もし足跡や糞などの痕跡が見つかれば、映像記録の上、出来ればサンプルを持ち帰りたい」
「本体に会う可能性はない?」
「・・・もし仮に竜が生息していたとしても、向こうからのこのこ顔を出すなんてヘマはしないだろう。万が一鉢合わせしたら・・・、絶対に近づくな。持っている力も動きも予想ができない」
おー、やる気が出て来たなとラジブが茶々を入れ、ミゲルに小突かれている。マニーがややうんざりした表情で合図すると、一行は山肌を辺境の青年に続いて登りはじめた。
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