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第1章 探索 2
異変に気付いたのは、レイヴィンだった。
登山を初めて約1時間、一行は山の峰を一列で歩いていた。足場以外は急な傾斜が続く。日の当たる山肌は柔らかな新緑で覆われ、雪解け水が渓流になっている。前方には、晴れた空を背景に氷河を被った高い山の頂がくっきり見えていた。
「ちょっと待っていてくれ」
レイヴィンが目を細めて何かを捉えて、隊列を離れた。若い獣のようにしなやかな身体のこなしで斜面を駆け下り、小さな窪地へ降り立つ。草地に片膝をついて、何かを確認している。手招きされて、マニーに続きカイや他の団員も慎重に斜面を下った。
「何か見つけたか?」
「山猫の足跡だ。たぶん此処で高山ヤギを捕らえたのだろうが、様子がおかしい・・・」
一帯は草が踏み倒され、所々黒い土が見えていた。あちこちに、白いふわふわの毛玉が草に絡まっている。カイは、指先で毛玉を拾い上げた。マニーが説明を求めて、青年を促す。
「山猫は、獲物に忍び寄って鼻やのどに食らいつき、素早く絶命させるんだ。その後、獲物を安全な場所に引きずって行くはずなんだが、その形跡がない」
レイヴィンは身を屈め、草の間に何かを探している。片手で土を掴んで匂いを嗅いだあと、僅かに口に含んで吐き出した。濃い眉根を寄せ、男らしい端正な顔が厳しく引き締まっている。
「・・・かなりの血が流れた。山猫は他の動物と獲物を争って、傷を負ったように見える。だが、もう一匹の様子が分からない。ここで獣が争い、山猫の方は手負いで逃げ出した」
青年は身体を起こし、窪地の先の岩場を鋭く睨んで歩き出した。
草地が切れ、露出した岩肌に山が影を落としていた。べったりと地に染みついた黒い血の跡が、引きずるように伸びている。カイは嫌な予感を抱えながら、後を追った。滑らないよう踏みしめた足元を、ごろごろと石が崩れ落ちていく。飛ぶように先を歩いていた青年が岩陰で立ち止まり、声を上げた。
「見つけた、山猫だ」
大きな岩の間に、濃黄褐色の滑らかな毛皮のネコ科大型獣が横たわっていた。大きな腹がざっくり裂かれ、四肢が血と土で汚れていた。堂々とした体躯は2メートル程あり、雄の成体らしく三角の耳に黒い飾り毛がある。
「・・・まだ死んで半日も経っていない」
「ヤギはどうなった」
マニーが山猫を見つめながら、尋ねた。
「足跡は山猫だけだ。ヤギももう一頭の獣も、痕跡が消えている。まるで、どこかに飛んでいったかのようだ」
「鷲みたいな大型の鳥に、かっさわれたとか?」
「高山ヤギを運べるような鳥は、どこの辺境を探したっていないだろう。それに、山猫にこんな深傷を負わせられる動物も」
カイは空を見上げながら、鼓動が高なるのを感じた。マニーとレイヴィンが、真っ直ぐに自分を見ているのをひりひりと感じる。
「カイ、竜だと可能だと思うか?」
「人間に飼育されている竜で、比翼できるものはいない。・・・だが、飛べるものが現存していたとしたら、可能なはずだ」
成体のヤギを飛んで運んだとなると、翼長は10メートルを有に超える筈だ。そして、それ程の巨体の竜が住み着くには、人の寄り付かない高山が確かに適しているだろう。カイは、目まぐるしく考えを巡らせた。
「翼竜は、崖なんかの高台の岩場を好む筈だ。レイヴィン、君が竜を目撃したのはこの辺りなんだな?」
青年が頷いた。
「雪が深かったから正確な位置は判断しずらいが、この辺りで間違いない」
全員が眼前にそびえる山を見やった。傾斜はさらにきつくなり、ここから先は本格的な岩登りになるだろう。一同が黙り込んだところで、ミゲルが誰に聞かせるでもなく声を上げた。
「さて、ここで俺の発明品を試してみるか」
ミゲルは大柄な体を屈めてバックパックをごそごそかき回す。昨夜見たブロックを手に掴み、ぽんと頭上に投げ上げた。放物線を描いて落下するブロックがわずかに発光し、四方から足のようなものが飛び出す。高速で回転する羽根が足の先端についており、ブロックはふわりと空中に静止した。
「小型ドローンだ。内部にカメラと通信機器を搭載している。人間が行けない場所にも、こいつを飛ばして調査できないかって考えたんだ」
「なるほど、どうやって操作するんだ?」
「コントロールは、こっちの機器でやる。ドローンで撮影した映像や音声もここに届く。ただ、あまり距離がひらくと通信が途切れるし、飛行時間も20分が限度だ」
「それなら、ある程度目星をつけてから飛ばさないと無駄になるな」
「だったら、俺がもう少し上まで登ってみようか?」
ミゲルと額を突き合わせて機器を覗き込んでいたカイは、声に振り返った。いつの間にか肩が触れるくらい近くに青年が立ち、黒い眸で見下ろしていた。
「俺は山に慣れているし、動物を追跡するのも得意だ」
「レイヴィン、俺も行くよ。竜の痕跡を見極めるには、俺もいた方がいい。あっ、足手纏いかもしれないが・・・」
咄嗟にカイも同行を願いでたが、最後の方はもごもごと口の中で呟きとして消えてしまう。先程バギーで見せた失態が頭をよぎり、思わず頬が熱くなる。レイヴィンはふわっと相貌を崩すと、大きな手をカイの肩に置いた。
「カイ、もちろんだ。言ったろ?俺が担いででも、あんたを連れて行ってやるって」
「じゃあ、決まりだな。レイヴィンとカイが目星を付けたら連絡をくれ。ドローンを向かわせる」
ミゲルが張り切った声を出し、カイの背中をばんと叩いた。
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