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第1章 探索 3
カイは精一杯に腕を伸ばし、岩壁の出っ張りにしがみついた。岩の割れ目に引っ掛けた足で体重を支え、勢いをつけて体を持ち上げる。
先に登ったレイヴィンが、すかさず腰に結えたロープを引っ張り上げた。上体が岩の上に乗り上がると、力強い腕で抱きしめるように抱えられ、ずるずると引きずり上げてくれた。
はあっ、はあっ。汗が吹き出し、息が上がる。仰向けにひっくり返って、目を閉じる。力を込めすぎて強張っていた腕と脚が、小刻みに痙攣している。
「・・・大丈夫か?ちょっと休憩にしよう。水だ、ゆっくり飲めよ」
レイヴィンが水筒を渡してくれた。口を湿らす程度に水を含み、時間をかけて飲み下す。崖の下から吹き上げてくる風が心地良い。レイヴィンが隣に腰を下ろし、気遣わしげに覗き込んでくる。
「無理はするなよ。ここから先は、さらに足場が悪くなる」
「・・・ごっ、ごめん。俺がいなけりゃ、さっさと先に進めるのに」
「気にするな。竜探しには、あんたがいなけりゃ意味ないんだろう」
何でもないというように肩を竦めると、カイから受け取った水筒をレイヴィンも煽った。どっかりと胡座をかき、シャツの胸元を緩めて寛いでいる。風になびく長い黒髪が、男っぽく整った顔をますます引き立てている。カイは寝転んだまま、思わずぼうっと見惚れてしまった。
「・・・なあ、カイ。あんた、どうして竜の研究してるんだ?」
「えっ?!」
唐突に尋ねられて、カイは間抜けな声を出してしまった。青年は隣に座ったまま、どこか遠くを眺めている。すぐに返事を出来ないでいると、レイヴィンは振り返り、真っ直ぐに視線を向けてきた。
「王都の連中は、竜を便利な家畜としか思ってないだろう。そんな竜に肩入れしたって、何か得があるとも思えない」
「・・・確かにそうだね。。大っぴらに太古の竜を調べたりすると、反王都派だと勘繰られたりもするし」
研究員として参加する竜の諮問委員会で、カイが王都議員につまらない言いがかりをつけられた経験は、一度や二度ではない。レイヴィンの眉根が、ますます険しくなる。
「・・・だったら、何故?」
「・・・俺は、勝手に昔から竜に親しみを感じていたんだ」
「昔って、子供の頃から?」
カイは、のろのろと上体を起こした。眼下には、深い森林が広がっている。自分には馴染みの深い景色だ。
「レイヴィン、俺の村の話、覚えてるか?たまに魔力を持って生まれる子供がいるって。・・・俺もその1人だったのさ」
青年は微かに頷く。
「俺がちょっと違っていたのは、強制されて魔力を失くすのが嫌で、ずっと隠してた。親の前でも、魔力が消えた振りをしてたんだ」
「・・・それじゃ、今でも力があるのか?」
青年の声には驚きが滲んでいた。カイは顔をあげ、レイヴィンを見据えながらゆっくり言葉を吐き出した。
「俺の場合、一番得意なのは生き物の気持ちを読むことだ。ただ、読心術みたいに思考がはっきり分かる訳じゃない」
「・・・ふぅん」
「俺は人や獣と心を繋いで、感情やそれに纏わる記憶を感じることができる。感情には、それぞれ匂いや波長みたいなものがある。俺はそういうものを敏感に拾う性質で、人より勘が働くんだ」
「・・・何だか、猟師が獲物の跡を追うみたいだな」
レイヴィンがふっと眼差しを緩め、微笑んだ。初めて見る優しい表情だった。カイは少し恥ずかしげに目を伏せた。
「俺は、自分の魔力を竜との絆のように感じてきた。遠い昔に、人と竜が共に生きたことの証みたいに・・・」
「ーー俺達の村にも、竜に関する言伝えがある」
ふいに、レイヴィンは低い声で呟いた。
「俺達の祖先は、竜を信仰し、恩恵を受けることで、厳しい辺境でも生命を繋いできた。竜と人が意思を通わせるための、呪言もあった」
「・・呪言、呪いのようなものか」
「ああ。その呪言は、今でも口述で村に伝えられている。もっとも竜のいなくなった今、俺達にとっては年寄りの昔語りみたいなもんだがな」
カイは信じられない思いで、青年の顔から目が離せなかった。
「その昔、俺達は呪言を使って竜と会話し、その力をこの身に移して使っていたそうだ。火を起こしたり、水の在処を探したり。時には雨を乞うたり、嵐を鎮めるよう祈ったり」
「・・・嵐を鎮める。ーーということは、もしかして君達が遭難した時・・・」
「ーーああ、そうだ。俺は子供の時に教えられた呪言を必死で思い出して、唱えていた。それまで呪言なんて信じちゃいなかったし、使ったこともなかったがな・・・」
沈黙が二人の間に落ちた。カイは、親しみとも呼べる温かな感情が胸に広がるのを感じていた。
自分にとって、魔力は隠すべきものであり、竜は密かな憧憬だった。この青年の村は、その竜といわば寄り添いながら生きてきたという。。。カイは自然と問いかけていた。
「レイヴィン、竜は君の願いに応えたと思うかい?」
「・・・分からない。あの日から俺も何度も考えているんだ。・・・本当に呪言によって、竜が力を貸してくれたのか。それとも、たまたま嵐が止んで命が助かった俺とオヤジが、おかしな妄想に取り憑かれただけなのか・・・」
その時、カイは微かな声を捉えた。そそり立つ岩肌の上、吹き上げる風の先。何かが、呼んでいる。
「レイヴィン、この上に何かある。ミゲルに連絡してドローンを飛ばそう」
「わかった、俺はもう少し登ってみる」
レイヴィンは瞬時に立ち上がり、引き締まった顔をして崖を登り始めた。カイは通信機を手に取り、崖下で待機するミゲルらに出動の要請をし、慌ててレイヴィンに続いた。
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