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ビタミン切れ
私は部屋の真ん中に立ち尽くし、川西龍吾という名前をしばらくの間見つめていた。
ーー今、どこにいて、何をしてるんだろう……。
レシートをテーブルの上に置くと、私は勢いよく部屋を飛び出して、一目散にレンタルショップへ自転車を走らせていた。
気がつけば手は冷たく吐く息だってもう真っ白なのに、なぜか顔だけが火照って熱かった。
買ったばかりのニット帽がすぐそこに置いてあるのに被りもせず、それが目に入らないくらい慌てていたのだろう。自分でも驚くほど素早く、それは無意識の行動だった。
バイト終わりの彼が待っているわけでもないのに、自転車を漕ぐ脚を急かすように胸が高鳴っていた。
駐輪場に投げ捨てるように降りると大好きな書籍のにおいを無視し、二階のレンタルコーナーへ駆け上がって行った。
登り切ったところでピタリと足が止まり、肩で息をしている自分の気持ちを落ち着かせようと、足下に視線を落として履き慣れたコンバースのつま先を見ていた。
そういえば、龍吾と色違いでコンバースを買ったことがあった。たったそれだけでも嬉しくて、玄関で仲良く並んでいるコンバースを見てニヤニヤしながら毎日仕事に出かけて行ったことが懐かしく思える。
小さな喜びが私のビタミン剤だった。仕事で大変だった日も、嫌なことがあった日も、年下のくせに私より落ち着いた性格と鋭い視点で私を慰めてくれたり励ましてくれたり、ときにはちゃんと厳しい意見を言ってくれた龍吾は、間違いなく頼もしい存在だった。
――今でも、好き……。
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