そして現実に戻る……

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そして現実に戻る……

「大丈夫?」 教官の声で我に返った。 「あ、はい……」 昨日のそんな行動を思い返してボンヤリしてしまった。 教習車が大通りを抜けしばらくすると、工事中の橋にさしかかった。ここは時々ふたりが手をつないで散歩した通りだった。 月がきれいに映り落ちる都会の小さな川にかかる橋が、工事中になったことなんて、きっと知らないだろうな。 変わってゆく景色と、変わらない川。 形あるものは変わるのだ――と。 ――どこかで聞いたけれど、私たちも変わってしまったかな? あの頃の私はちっとも素直じゃなかった。というか、素直になれなかった。くだらない意地なんか張ったがばかりに、私はひとりでいることが、すっかり苦痛になってしまった。 そうなったのも自分のせいなんだと思うと、また深いため息がもれた。 ――どうすれば「自分らしい」という言葉がしっくりするんだろ。 あれからの私は、いつもそんなことを考えてしまうのが癖だったけれど、その答えをわざわざ探すこともなく、とても寂しくて悲しいまんまだった。 適当に理由をつくってでも誰か隣にいてほしい。そんな我が侭を乗り越えるにはどうしたらいいんだろう。二十七歳の子供はどうすれば大人になるのだろうか。 せめて「ありがとう」と、笑って見せていたなら、今頃私は……。 車を止める赤い旗。 ほんの少し曇で陰った空。 見慣れたいつもの街。 つい最近まで高く見えていた広い空は、誰かと繋がっている。 龍吾とだって繋がっている。 空が高く見えるのは目の錯覚だよ、と、龍吾は教えてくれた。 空が澄み渡っているから高く見えるのだと。 私の目の前にあるすべてのものが輪郭を失って、ゆらゆらとゆれ始めた。 そうだ。ひとつだけ言い訳がある。 社会人になったばかりの龍吾が結婚というプレシャーに押し潰されないように、と、思い込んでしまったんだ。 でも実際は逆だった……。 初めて付き合った年下の彼。プレシャーだらけになってたのは私の方で、素直になれず本心を言えなかっただけだった。 龍吾の真っ直ぐな心を踏みにじって、プライドを傷つけてしまったのは、間違いなくこの私なのだ。 あのときに涙を流さなかったことが後悔なんだとわかっても、時間は二度と戻らない。
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