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我慢なんてしなくていい
溢れ出した涙が静かに頬を伝って顎の下で止まると、教官が私に言った。
「泣きたい時は、我慢しないほうがいいぞ」
何も言えないでいると、どんどん喉の奥が熱くなって痛くなった。
ついには涙がぼろぼろとこぼれたけれど、それまで胸につっかえていたものがはがれ落ちてゆくようだった。
「ちょっと汚いけど、ハンカチ」
すると教官がジャケットのポケットからハンカチをもそもそと取り出して、私に差し出してくれたのだった。
くしゃくしゃに丸まっていたハンカチを見た瞬間、思わず私は泣き笑いしていた。
頼りなく見えた教官が、ほんの少しだけカッコ良く見えた瞬間だった。
「夕焼けだな。明日は晴れか?」
教官は慰めてくれているらしく、妙に大きな声の独り言が聞こえた。
町営住宅の小さな裏庭に面したベランダ越しの夕焼けを見ている母の姿が目に浮かんだ。
――「明日は晴れるね。夕焼けだもん」
――「お母さん、明日がわかるの?」
――「そんなのわかるはずないじゃない」
と笑いながら言って幼い私をぎゅうっと抱きしめたあと、帰るか帰らないかわからない父の分まで夕食を作り始めた。
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