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絶対忘れられない
去年の夏、彼は私にこう言ってくれた。
「オレさ、ちゃんと結婚とか考えてるから」
――え?
唐突ではあったけれど、いつもと同じ優しい声だった。
私は夕食の支度の為に台所に立ったばかりで、その声にちゃんと振り向い
て顔を見ていない――というか、驚いて見ることができなかった。
でも、きっと穏やかな笑顔で私のことを見ていたに違いと思う。
彼は、龍吾はそういう優しい人だった。
けれども猛スピードで色んなことが頭を過って、すぐに満杯になって爆発して、最後には真っ白になって、脳が『拒否せよ!』という指令を下してしまった。
その結果。
「そんなこと考えなくてもいいよ」
思いとはまったく正反対の言葉を口から吐き出していた。
本当は、すごく、すごく、
ものすっごく嬉しいはずだったのに……。
「だってさ、龍吾はこれから就活だってあるし、大変じゃない? アタシのことなんていいからさ」
――いや、ホントは全然よくないけど。
逆に龍吾をためすようなことを言ってしまった。
「……なんで?」
私が予測していた通り、龍吾は少しの間をおいてから怒ったように私に問った。けれど、その理由を言ってしまったら、嫌われてしまうかもしれないとネガティブにしか考えてられない私は、あからさまに無言になってしまった。
冷静さを失わないようにしようとして、動きがガサガサと大きくなっているのは、すでに冷静さを失っていた証拠だろう。
冷蔵庫を開けたら人参がなくて、いつもなら「買ってきて」と言えるところだけれど、頼める雰囲気ではなかった。
――今晩のメニュー、カレーですけど。
そんな普通の生活が幸せだと思えているからこそ、幸せでいたかった。
――せめて今だけでも幸せでいたい。
ただそれだけを、胸の中で強く願った。
でも……。
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