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クラスメート
芳原先生が家庭教師になってから一ヶ月が経った。
季節は初冬。吐く息は白く、首に巻いたマフラーが暖かい。通い慣れた通学路のイチョウ並木は葉が落ち裸になった。それを眺めながら高揚した気持ちで学校へ急ぐ。今日は校内模試がある。模試がある日は気持ちが沈むものだった。だがいつもとは違い、私は前向きだった。
教室に入ると、
「おはよう! 美夏」
親友の塚本加奈子が声をかけてくれた。加奈子は同じ高校を目指していて、お互いに切磋琢磨する仲だ。
「今日は模試だね。美夏調子どう?」
「うん。いつもよりは、いくらか落ち着いてるかな」
と答える。
「良かったやん。美夏は上がりさえしなければ無敵なんやから」
「いつも心配してくれてありがとう。加奈子にはかなわんけどね」
私達は軽口をたたきあった。
クラスはいつもよりも騒々しく落ち着かない雰囲気だ。
「おう鈴木、今度の模試は負けないからな」
男子生徒が話しかけてきた。なぜか私によく絡んでくる森陽君だ。
「私たちが森に負けるわけないじゃない。十年早いわ」
と加奈子が森君を小突く。
「今日の俺はいつもとは違うんだ! だいたい俺は塚本に言ったんじゃない。鈴木に言ったんだ」
森君は加奈子にクールに振る舞う。
彼は身長は低くいけれど端正な顔立ちをしていて、同級生の女子に人気がある。また頭の回転が速くクラスでも一目置かれていた。
「ふっふっふっ、森も素直じゃないんだから」
加奈子が謎の笑みを浮かべる。
「塚本不気味だぞ」
そう一言残し、森君は自分の席に戻って行った。
「なんだったんだろう、森君? いつも私より、模試の成績いいのに」
私は加奈子に訊ねた。
「思春期の男子は複雑なんだよ。意外とそういうことには美夏は鈍いよね」
「? 確かに、加奈子の洞察力は鋭いと思う」
「そんなことないよ。美夏のほうが気配りできるし、穏やかで優しい性格やし。自慢の親友だよ」
「ありがとう。私も加奈子がいてくれるから呼吸がしやすいんだ」
自分より勝気で物事に積極的な加奈子を好ましく思っていた。私は、いつも彼女に引っ張ってもらっているところがある。
予鈴が鳴って、担任の光岡先生が教室に入って来た。光岡先生は学年主任も務めている恰幅のいい男性教諭だ。
数学の教科担任でもある。怒るときは厳しいが、生徒の相談に丁寧に乗ってくれる頼りになる先生で人気もあった。
ホームルームが終わって一限目から校内模試が始まった。心地よい緊張感だ。こんな凪いだ気持ちで答案用紙に向かうのは初めてだ。
私は数学の図形問題で躓くことが多い。特に図形の相似の問題が苦手だった。分数を使用して面積比を答えさせる問題が、必ず出てくる。それだけ重要な問題だと思うのだが、どうしても正解することが出来なかった。
いつの間にか数学に苦手意識ができ、模試の時は緊張するようになってしまった。だが、芳原先生の授業を受けだしてから、少しずつ苦手意識が薄らいできたのだ。
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