距離

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距離

「芳原先生、大学では何を勉強しているんですか?」  休憩の時間に勇気を出して尋ねてみた。 「理学部の地球惑星学科にいるんだ。わかりやすく言うと天文の勉強だね」 「星ですか?」 「そうお星さま。美夏さんが授業以外のことを質問するなんて珍しいなぁ。僕に興味でも湧いたかな?」  悪戯っぽく先生は笑って、そして私の頭を撫でる。骨ばっている先生の手は慣れなくて、でも心地良い。 「先生、からかわないで下さい!」  心とは裏腹に大きな声を出して拒絶してしまう。頬が熱い。先生はびくっとして手を引っ込めた。 「ごめんよ。悪かった」  彼は気まずい顔をして紅茶を飲む。 「先生は悪くないです。私が異性とのスキンシップに慣れてないだけなんです。情けないですよね。嫌じゃなかったです」  私は何を言っているのだろう。今度は顔全体がとても熱い。 「美夏さん大丈夫かい? 配慮が足りなかった、すまない。女の子の扱いに慣れていないのは僕も同じだよ。昔から他人との付き合いが下手だった」 「本当に?」  疑いの目で先生をみてしまう。彼はいつも飄々としていて、大人の香りがした。私じゃなくても魅力的に思うだろう。引っ込み思案の自分とは逆に器用な人だと思い込んでいた。 「本当だよ。大人になって隠し方は巧くなっても、本質は変わらない。だからかな、美夏さんには通じなかったね」  先生は納得した様子で頷くと、 「さあ、授業を始めようか」  と、いつもの顔に戻り、図形の問題を説明し始める。少し動揺をしただろう先生は、変わらない質の高い授業をしてくれた。 「ありがとうございました」  気不味さもあったが、頭を下げ先生と一緒に自分の部屋を出た。先生には感謝していた。玄関でやっと、 「先生今日はごめんなさい」  と謝った。彼は目を細くして微笑んで、 「じゃあ、またね。美夏さん」  と応えてくれた。『またね』という言葉にホッとして瞬きをした。 「今日は嬉しかった」  眼鏡を人指し指でクイッと上げ、私の目を見つめると謎の言葉を残し、手をひらひらさせて先生は帰っていった。 「何かあったの? 美夏」 「うん、ちょっとね」  母に訊ねられ、私は珍しく言葉を濁した。  芳原先生のことをもっと知りたい。曇った空からわずかに光る星をベランダで見ながら強く思う。    翌日学校に行くと、渡り廊下の掲示板に生徒が集まっていた。この前の模試の順位が貼り出してあった。私はおそるおそる掲示板に近づく。いつもテストの結果は数学に左右されていた。今回はどうだろうか? 「十位 鈴木美夏」  噓だ。大幅に順位が上がっていた。あわあわして落ち着きのない私に、 「美夏、頑張ったね!」  自分のことのように嬉んでいる加奈子が声をかけてくる。だんだん現実のことだと理解が追いついて、私は加奈子に向け小さくガッツポーズをしていた。 「朝から珍しいものが見られたな」 「へっ?」  後ろにはなぜか満足げに笑みを浮かべて、森君が腕組をして立っているのであった。
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