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母と娘
激しく動揺しながら、坂道を転がる石のように自宅に帰りついた。
「ただいま」
母の返事が遠くであった。すばやく二階の自分の部屋へ向かう。内鍵をかけ、机に突っ伏してしまった。今日は芳原先生の授業がある。ああ、予習をしなくては。頭では理解しているがノートは白いままだ。
先生が来るまでに二時間ある。
「サボってしまおうか」
そんな考えが頭をよぎる。試しに体温計を採って熱を測ってみる。三十六度七分。微熱か知恵熱か、休む口実にはなりそうだ。
その時ノックの音が部屋に響いた。
「美夏入るわよ」
お母さん! 教師の母は、私の自主性を重んじてくれていた。だから部屋に施錠してあるときは、そっとしてくれるのが常だった。珍しいなと思いながら、私は渋々ドアを開けた。
「紅茶でも飲まない?」
母はベッドに私を座らせ、温かいティーカップを渡してくれる。こういう親の勘の鋭さには参る。彼女は何も言わずに、しばらく紅茶を一緒に飲んでくれた。
「お母さん、この前の模試の結果が今日出たの。しかもこれまで取ったことがない十位なんて、夢みたいな順位」
私はとつとつと話し出す。母は笑って私を柔らかく抱きしめる。
「よく頑張ったね」
「ありがとう。それは嬉しかったんだ。だけど、クラスメートの男の子から私が加奈子に頼りすぎてるって指摘されて……」
「美夏は真正面に物事を受け止めちゃうからね、落ち込んだでしょう。加奈子ちゃんはしっかりしているし、貴方は内気だから頼りにしている。そういう傾向はあるかもね。その男の子は、あなたのことをとてもよく見ているのね」
「そう、図星を指されてショックだったの」
母は私の気持ちに寄り添ってくれた。
「だてに長く教師をやっていたわけではないのよ。それに大切な娘のことだもの、それくらいのことはわかるわ」
「私は狡いのかな。自分の力でクラスに居場所を作ったんだと思っていた。本当は加奈子のお陰だったのに」
だんだん話していて情けなくなった。
「残念ながらお母さんは、答えを出せない。納得する為には美夏が答えを探さなきゃね。そうやって人は成長していくのよ」
「私、答えを見つけるのが怖いの」
頬に涙が伝う。
「どんなあなたでも、お父さんもお母さんも受け入れられるのよ」
母は部屋から出て行った。入れ違いにミーちゃんが私の膝に乗ってくる。
彼女の温かさを膝に感じながら、私はしばらく泣いていた。
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