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女同士/男同士
私たち二人は駅からタクシーに乗り込んだ。歩いても良かったのだが、雨が降っていたのだ。私は美容院に行ったばかりで、友達は降ろしたてのスカートを履いていた。
タクシーのドライバーは五十代半ばと思しき中年の男性だった。ジロジロと私たちの顔を覗き込むでもなく、事務的に行き先を聞いた。私はその態度に好感を持った。
ただ、どんなにおしとやかに表現しても物凄く驚かされたことには、そのタクシーには助手席にもう一人、ドライバーと同じ制服を着た五十代半ばと思しき中年の男性が座っていたことだった。私たちは二人であったため、別に助手席が塞がっていようと乗車に差し支えはなかったのだが、全く予想もしていなかった光景を目の当たりにして、私は脳内にある思考を司る伝達物質の滞りを感じた。
「あの、こういうのってあまり一般的ではないように思うんですけど」私はなるべく言葉を選んで言った。
「セットなんですよ」とドライバーの方が言った。
「料金は変わりませんから」と助手席の方が言った。問題はそこではないのだが。
「何かと都合がいいんです」とドライバー。
「男同士だと気楽なんですよ」と助手席。
「仕事のパートナーには同性の方がいいんです」
「女房には言えない話も出来ますしね」と彼等は交互に喋った。
どうやらここのタクシー会社には、発言は交互にしなくてはならないという規定でもあるらしい。
「お客さんたちだって、女同士の方が気楽でよくないですか?」
「男の目を意識しなくてもいいしね」
交互に言ってから、彼等はしばらく間を置いた。
「そうですね。確かに同性同士の方が気を使いませんね」と私は言った。
「私たち、高校も男女共学ではなかったんです。そのせいか、今でも異性のいない環境の方が落ち着きますね」と友達が続けた。普段こういう場面では口数の多い方ではないが、暗黙の社内規定を感じ取ったのだろう。
その後も目的地に着くまで、私たちは交互に喋り続けた。順番はいつもドライバー、助手席、私、友達の順だった。
車が目的地に着き、私たちは料金を支払ってタクシーを降りた。
「変なタクシーだったね」と友達が言った。交互に喋る呪縛から解放されたのだ。
「うん。でも言っていることはまともだ。確かに同性同士の方が気楽でいい。彼等は何一つ間違ってはいない。ただ一つの点を除いては」
あのタクシーの車内には、男性しかいなかったのだ。
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