目が覚めるとそこには・・・

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目が覚めるとそこには・・・

目を覚ますと、暗闇が見えた。 ここで賢明な読者諸氏は言葉の誤った用法を目にしたと思われるかもしれない。だが、暗闇というものは決して光の不在のことを言うのではなく、それは本当に目で見ることが出来るものなのだ。 暗闇とは実体を持つものなのだ。実体を持っているからには、そこには触覚で感じられる確かな手触りがあり、嗅覚で感じられる匂いがあり、味覚で感じられる味がある。そしてもちろん、確実に我々の視覚を刺激するものでもあるのだ。 ただし、形はない。暗闇には形だけがないのである。言わば暗闇とは形の不在であって、光の不在ではないのである。 前置きが長くなったが、そのとき、つまり時空間の中で明確に一つの点を取り得るポイントにおいて、私は暗闇を見たのである。 私は暗闇を見ることには慣れていたので、恐怖を感じなかった。私が好むと好まざるに関わらず、暗闇はいつも私の側にいたのだ。もう随分とそのような状態であったので、いったいいつから暗闇が私の側にいたのか思い出せなくなっていた。ただ、見えるときと見えないときがある。そのときは、私の目にはっきりと暗闇が見えた。 私はそれまで暗闇に話し掛けたことはなかったのだが、そのときは余りにもはっきりと暗闇が見えたものだから、話し掛けることにした。 「やあ」 「君は随分と長いこと僕の側にいるね」 暗闇は答えた。暗闇は答えることだって出来るのだ。 「君は拒否しない」 意外な答えだった。私は続けた。 「でも僕は君を求めなかった。求めることと拒否をしないということは全く別個の行為だ」 暗闇はこう答えた。 「僕には区別出来ない」と。 その答えを聞いて、私の中に軽い憤りが生まれた。 「ナンセンスだ。求めることと拒否しないことの間には銀河系四つ分くらいの隔たりがある。区別が出来ないのは君の問題であって、僕の落度ではない。僕は決して君を求めたことはないし、今も求めていないし、これから先も求めることはない。もう二度と僕の側に寄らないで欲しい」 そう言って私は目を閉じた。
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