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──それからしばらくトミさんおっさんペアと曽祖父の攻防が続く。
次々に襲い掛かってくる黒い腕を切った張ったのトミさん。だが疲れからなのかそれともトミさんよりも曽祖父の方が上手なのか、取り逃した黒い腕をおっさんが後ろから魔改造拳銃で撃ち倒す。
そんな非現実的な光景をただ唖然と眺めていた俺は気づく。悪霊は今トミさんたちに集中していて、俺はノーマークなのでは?
俺は隙をついてかがみに近づこうとした。和菓子屋独特の包装紙に包まれた50本の団子を手に、俺はそろりそろりと誰にも気づかれないよう可能な限り気配を薄めて移動する。
だが曽祖父がそんな俺を許すわけがなかった。あと少しでかがみの所にたどり着くという所で、いつの間にか俺の近くにいた黒い腕にまた弾き飛ばされる。今回は壁に衝突はしなかったものの、床に転げ落ちた。団子は死守したけど、スタート地点に戻ってしまった。体も心も痛い。ひいじいちゃん慈悲が無さすぎる。
「馬鹿なことはしてないで貴様はそこで大人しくしていろ。それか逃げ回ってろ」
こめかみに青筋を浮かべたトミさんに怒られる。暗に足手まといだと言われた。いや、結構直接的か?
しかし足手まといだと言われた割には、どう見てもトミさんもおっさんも押されている。
「くっ……!やはり穢れた皿で顔を切られたのが効いてきているな。思うように体を動かせん」
「お前さんがいつも以上に鈍いのはやっぱりそれが原因か」
「そういう貴様も苦戦しているじゃないか」
「おじさんこれでも、知識はあっても能力は普通の人間よ?あのレベルの悪霊を素手でどうにかできる訳ないでしょーが」
おっさんがそう言うのだ。おっさん以下の俺が自分の先祖の成れの果てをどうにかしようとするなんて到底無理。
何もできない俺は、2人に守られるような形でただただそこに座り込む。自分の先祖に負けそうになっている2人を、別に応援をするわけでもなく見つめていた。本心としては応援なりなんなりで鼓舞するなど役に立ちたいところだ。だが、そんなことをしたところで大人しくしていろだの言われてしまうのがオチである。
疲労が顔に出始めている2人。そんな2人に荷物扱いされている自分が悔しくて唇を嚙みしめる。
俺はここでも役立たずなのか。面倒なところは他人に押し付けて、自分は逃げるのか。俺と、俺の血縁による問題だというのに他人にほとんどを押し付けていいのか。俺は、自分が情けさに悲しみと怒りが混ざり合い、ジワリと涙を溜めていた。あと少しで流れ落ちる寸前である。
しかしだからとここでワンワン泣くのも場違いでもある。泣いたところでトミさんたちが形勢逆転するわけがない。なら今の俺にできることと言えば、ここに座り込んで呆然としているのではなく、団子以外で何か役に立てることがないか、形勢逆転になり得る策は無いか考えることだ。俺は経験も何もかもが足りていない頭で、現状一番の方法を必死に考えた。脳内ぐちゃぐちゃで整理も何もできていないけど、そんなことを言い訳に考えるのを止める訳にもいかない。俺だって、たまには役に立ちたいんだ!
感情と焦りで今にもメルトダウンしそうな思考の中、ふとある情景が浮かび上がる。
それはおっさんの古書店にいるサキエさんだった。
——そう言えばピンチになったら唱えなさいと呪文を教えてくれたっけ。
俺はサキエさんが教えてくれた呪文を、一字一句間違えないよう死に物狂いで思い出そうとした。何故なら間違えたらどうなるか聞いた際の微笑みが忘れられないから。人間、ああやって微笑むときはろくなことにならないと相場が決まっている。サキエさんは魔導書の怪人だけど。いや、魔導書の怪人だからこそどんな恐ろしい呪文を伝授したのか想像もつかない。だからこそ慎重にならなきゃいけないって訳だ。
鮮明に、はっきりと忌々しくてわけのわからない文字の羅列のはずなのにサキエさんの優しい声で相殺される呪文が脳内にリフレインされる。こんな状況にも関わらず、一字一句間違えず鮮明に思い出せた自分に俺は拍手を送りたい。
一体どうなる呪文なのか一切わからないけど、これで少しでも状況が変わるのなら——俺が役に立てるのなら唱えない理由は無い。それに、サキエさんもピンチになった時に唱えなさいと言っていた。今がその時だと俺は判断した。
俺は覚悟を決めてゆっくりと立ち上がる。
僅かな音を拾ったのか、それとも背後からの気配を察知したのか。疲労で多少よろけているトミさんや珍しく呼吸が乱れているおっさんがこちらへ振り向いた。
「おい、何をしている!大人しくしていろ!」
どちらがそう叫んだのかわからない。多分トミさんじゃないだろうか。でも今の俺はそれに従うつもりもないし、誰が言ったかなんてどうでもいい。
俺は真っ直ぐと自分の曽祖父を睨んだ。感情の読み取れない、まるで仮面をつけているような曽祖父が濁った緑の眼を真っ直ぐとこちらへ向けられていた。多分睨み返しているんだと思う。感情が一切読めないのでわからないけど。
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