かがみよ かがみよ かがみさん

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 迷いもなく、悪霊の手下的な無数の黒い腕が俺を攻撃しようと飛んでくる。  一瞬、それに怖くなって怯みそうになる。だが今は怯んで腰を抜かしている場合ではない。我が先祖ながら悪霊に堕ちた醜い存在を、子孫である俺がどうにかせねばならない。自分の家の問題に他人を巻き込んでどうするんだ。釘は、俺が刺さねば。  俺はギリッ……と力強く拳を握り、これまで不本意ながらも鍛えられてしまった体幹に力を入れて、これでもかと限界まで空気を吸って肺に溜め込む。  そして—— 「                 !」  サキエさんが教えてくれた呪文を、一字一句間違えずに、この部屋中に呪文が鳴り響くように精一杯大声で叫んだ。多少発音が違うかもしれないけど、そこはご愛敬ってことで。  俺の叫びに驚いたのか何なのか。おっさんは思わずっと言った感じに魔改造銃を落とす。おいそれ危険物。そしてトミさんはふらついたかと思えば必死に踏みとどまるも、目眩を起こしたかのように額を押さえている。本体は落とさないようにしているところが流石だな、どこぞのおっさんと違う。  気のせいか味方もダメージを負っているような気がするが、肝心の悪霊はどうなったか。味方に気を取られていた俺はハッとして慌てて曽祖父へ視線を戻した。  喉元を押さえて物凄く苦しんでいる。  あんなにも表情が一切読めなかった悪霊が、俺でもわかるレベルで苦しんでいる。これは成功したと言っていいのではないのだろうか。味方も苦しんでいるのはどういうことだかわからないけど……。  するするとかがみに纏わりついていた黒い霧の様な帯だか縄だかが引いていき、部屋全体に散らばっていた黒いモヤモヤも晴れていく。  纏わりついていたものが消えていったからか、ゆっくりとかがみが目を開ける。かがみが目覚めたことで俺は一安心。ほっと肩を撫で下ろした。……まあまだ安心できる状況ではないけど。  流石怪異と言うべきなのか。かがみはこちらを一瞥したかと思えば、すぐに背後で殺虫剤をかけられたゴキブリの様にもがき苦しんでいる曽祖父へ振り返って睨んでいた。俺と違って状況理解が速いとか流石だぜ。  無言でサッと右腕を真っ直ぐ真横に伸ばすかがみ。力強くパーに開かれた右手のひらから何やら光が集まっている。恐らく霊力がそこに集中しているのだろう。知らんけど。  すると瞬時に大きな鏡が現れた。……いや、作り出されたという表現が正しいのかもしれない。大きさは人ひとりが余裕で映し出せるような大きいものだった。俺が持ち帰った姿見なんてレベルじゃない。  自分の背後に来るように、作り上げた大きな鏡を器用に動かした。そして悪霊の胸元を鷲掴んだかと思えば、かがみは力の限り背負い込む。それはまるで柔道の一本背負投のモーションだ。 「よくもやってくれたな京一郎!」  久々のかがみの声が鼓膜を震わす。どこか疲れているような声ではあるが元気そうで安心する。  かがみは叫びながら背負い込んだ悪霊を、先程作り上げた大きな鏡の中へと力の限り投げ入れた。まんま一本背負投である。もがき苦しんでいることもあってか、曽祖父は抵抗も何もできずにそのまま鏡の中へと吸われていく。  俺にどこか似た、濁った緑眼の青年の姿が見えなくなったのを確認したかがみは、パンっ!力いっぱい手を叩く。すると大きな鏡はパリンと割れて、パラパラと光になって霧散した。  黒いモヤモヤの根源であった悪霊がこの場から消えたからか、まるで風が吹いたかのように消えていく。どこか淀んでいた空気が軽くなった。  鏡を作り上げるのに相当力を使ったのか、それとも逆に消すのに使ったのか、はたまた元々体力を奪われていたのか。力が抜けたらしいかがみはその場に倒れ込みそうになる。俺は慌てて駆け寄ってかがみが地面にひれ伏す前に受け止めた。綺麗な着物を着ているからまるでお姫様。もしかしたらこれ、白無垢とか言うやつかもしれない。綿帽子や角隠しはないけれど。  俺の腕の中へと倒れ込んだかがみが、体調悪そうに目元を押さえる。 「おい、京護。オマエ、あの呪文誰から教わった」  先程の叫びは何処へやら。弱々しく吐き捨てるように言うも、手の隙間から俺を睨んでいた。 「え、誰って……サキエさんだけど……」  俺が素直に答えれば、かがみは俺に見せつけるように、盛大にため息を吐ききった。 「あんのクソ魔女め……余計な事しやがって」 「でもその余計な事で助かったのはかがみでしょ?」 「チッ……いいか、京護。ボクが違うの教えてやっからその呪文は二度と口にするな。スゲー苦しい」 「え、ごめん」  どうもかがみの体調不良はこの呪文が原因だったらしい。サキエさん、本当に一体何を俺に教えたんですか? 「……俺は顕現が解けそうになった」 「何も知らないってある意味いい武器なんかもしれないな。おじさん、人間だけどぞわっとして未だに鳥肌が収まらないぞ」 「え、そんなにですか?ごめんなさい?」  かがみの様子を覗き込もうといつの間にか背後にいたトミさんにもおっさんにも言われる。正直俺は悪くないし悪いのは呪文なので謝る必要はない気がするが、何か多方面から非難された気がするのでとりあえず謝っておいた。いややっぱ俺悪くないよな?曽祖父をどうにかできたんだし。 「折角反撃できるタイミングを見計らって力を温存していたのに、そのクソ呪文のせいで体力使うし、そんな中バカデカい鏡作り上げたから霊力がすっからかんだ!どうにかしろ京護!」 「ええ……なんて理不尽な……。ああ、そうだ。団子があるよ」  かがみを受け止めるにあたり邪魔になったため横に退かした団子をかがみにあげようとそっぽを向いた時だった。何かが俺の両頬を掴み、グイッと引っ張られる。無論、それはかがみの女性らしい手だった。曽祖父が一目ぼれした乙女の手を真似たものではあるが。
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