かがみよ かがみよ かがみさん

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 一連の事件から約1週間。  俺の夏休みは相変わらず続いており、バイト三昧だ。  その間にもおっさんはあの家のご近所さんに聞き込みをしてくれていて、怪奇現象が起きていないことを確認してくれた。その連絡が来たのは、バイトが終わって控室から外へ出てすぐだった。こいつ俺に盗聴器でもつけてんのかと言いたくなるタイミングで電話が鳴るもんだから、心底このおっさんが怖くなった。だからと言って態度を改めるつもりはないが。  問題解決したことを聞いた俺は安心のあまりその場でへなへなと膝を突きそうになったが、なんとかして耐えたのもいい思い出。軽い足取りで家に帰ってから実家に連絡すれば、スピーカーの向こうから安堵のため息が聞けたのもいい思い出だ。  しかし残りの夏休みを過ごしていても、心のどこかに物足りなさが巣くっていた。  原因はわかっている。かがみがまだ戻ってきていないのだ。  霊力回復を理由に人のファーストキスを奪っておいて、まだ戻ってこないとはどういうことだ。くだらない理由で怒ってはいるけど、寂しがっている俺もいることをわかっておいてほしい。割合的には寂しさ3に対して怒りは7である。  だがやっぱり、あれだけ人から霊力を吸い上げておいてまだ戻ってこないのは心配である。  たかが怪異にそこまで心配することはないのだろうけど、俺はかがみから護身術を習うと約束しているからそれをすっぽかされると困る。下手すれば命に関わることだからな。……まあサキエさんから教わった呪文もあるけど、おっさんとかの反応を見る限りあまり多用しない方がよさそうみたいだし。 「……それで俺が呼び出されたわけか」  俺はシフトが入っていない日を使って、相談しようとトミさんを例のショッピングモールに入っている有名な某コーヒーチェーン店へと一か八かで呼び出してみた。無視されるだろうなと思っていたから、アイスコーヒーを手に俺が座っているテーブルへ来てくれたことにまず驚いた。おっさんよりかは仲良くなっているのかな。それか粟田さんに行くように言われたか、変に真面目なのか。とりあえずこうして来てくれたことにまず感謝。 「あのかがみが1週間経っても帰ってこないんすよ。心配にもなりますよ」 「……貴様がそこまであのシトキに入れ込んでいるとは思わなかったな」 「自分でもそう思います」 「まあ、そうか。そうでなければ助けに行かないか」  どこか呆れるように鼻で笑うトミさんは、この真夏には似つかわしくないスーツ姿のまま足を組んでアイスコーヒーを飲んでいる。様になっているのが男として悔しい。とても悔しい。 「まあ、なんだ。そこまで深刻にならなくていいと思うけどな」 「そうですか?」 「だってあのシトキだろ。自分で言っていて悔しいが、俺以上の力を持った怪異だ。一歩間違えれば神だし」 「トミさんも付喪神という神の末席ですけどね。あ、厳密には違うんでしたっけ」 「……兎に角、だ。どうせあの魔導書が貴様に教えたという呪文でダメージ喰らって養生しているだけだ。復活すればすぐ戻ってくる」 「でも1週間経ちましたよ?」 「言っとくけど、俺があの立場なら復活するのに最短で1ヶ月はかかるだろうな」 「そんなに?!」  俺はますますサキエさんから教わった呪文に恐怖を覚えた。いや、むしろサキエさんそのものに恐怖を覚えた。あんな優しそうな顔をしていてどんなえげつない呪文を記録しているんですか?!流石元魔女! 「てか結局何だったんすかあの呪文」 「知らない方がいい」 「ええ……即答……」  遠い目をしながらアイスコーヒーを飲むその様が、これまた愁いを帯びているように見えて様になっているからイケメンは罪深いなと思う。 「ところで貴様、こんなくだらないことで呼びだしたんだ。奢りってことでいいんだろうな?」 「えっ」  ニヤリと不敵に笑うという、まず他人に見せることのないであろう表情をするトミさん。ドキッとするものの、惚れた腫れたとかのそれではなく、俺が奢ることになっていることへの感情である。落ち着かせようと自分用に買っていたアイスカフェモカを飲むも、いつも以上に苦く感じた。財布、お金足りるかな……。  また、別の時に古書店でお仕事をしているサキエさんにいつ頃かがみは戻ってくるだろうかとお伺いしたが、「もうそろそろじゃないかな?」といつもの優しい微笑みを浮かべて答えていた。しかしこの微笑みの下でこの人?本?は何を考えているのだろうか……と疑ってしまっている自分がいるからあの呪文は恐ろしい。因みにあの呪文が何なのか聞いてみたが、微笑むだけで何も言わなかった。マジで何なのあの呪文……。
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