かがみよ かがみよ かがみさん

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 新たな朝を迎える。  相変わらずかがみのいない朝に不慣れな自分がいることに、何とも言えない感情の混ざったため息をあくびの代わりに吐き出す。  今日は午後からシフト入っていたなと未だに寝ぼけている頭で1日のスケジュールを想起しながら、慣れた足取りで洗面所へと向かった。  あれほど憎かった緑色の眼が洗面台の鏡に映し出される。どうしてか今はこの眼にそこまで嫌いではない自分がいる。あの曽祖父の濁りきった緑の眼を見たからかな?あれと比べたら俺の目は何百倍も輝いていて綺麗だ。  それでもやはり異質な眼であることには変わりない。俺は少しでも世間に溶け込めるようにと、扉にもなっている鏡の裏にある収納スペースからコンタクトレンズのケースを取り出した。もちろん、ケースの中には洗浄液に浸かった茶色のカラコンが入っている。  ケースを手にして扉を閉める。閉めれば必然的に鏡が現れる訳で。まだ多少寝ぼけていることもあってか、俺はすぐにカラコンをつけようとしなかった。その代わり、俺はしばらくぼんやりと鏡に映る自分を眺めていた。  そこで何故かふと脳裏に浮かぶ白雪姫の物語。物語を読んだのなんて幼稚園の時が最後じゃないだろうか。それでも俺は、白雪姫の中でもとある台詞を鮮明に覚えていた。  何故、どうして、俺には全く持ってわからない。だけどその台詞をもじった言葉が自然と俺の口から零れ出ていた。 「——鏡よ鏡よ、かがみさん」 「——待たせてごめん、京護」  どこからともなく、いや、目の前の鏡から聞きなれた声が聞こえてくる。  最初は俺しか映していなかった鏡だったが、その無機質で冷たい表面は次第に歪み始める。まるで雨が降り続ける水溜まりのようである。  鏡の向こうから、女性らしい見慣れた小さい手が出てくる。袖は何度も洗濯した覚えのある青色のジャージだった。  そこから次々と体のパーツが出てくる。手が出て、腕が出て——顔が首が肩が胸が。俺の知っているかがみがそこにはいた。  胴体が出てきて腹まで来たかと思えば、かがみはバランスを崩したらしくそこでよろめく。  俺は慌てて怪異を抱き留める。かがみも反射的になのかそれとも意図的になのかわからないが抱き返してきた。両腕に、上半身にかがみの温もりを感じる。  鏡なんか見なくてもわかる。今の俺は凄くいい笑顔を浮かべているだろう。だって、胸の奥底から嬉しさが、喜びがとめどなく湧き上がってくる。目の前がフィルターがかかったかのようにぼやけるし、鼻から何か液体が垂れてきそうになって思わず力いっぱい鼻を啜ってしまった。 「おかえり、かがみ」 「ただいま、京護」  しっかりと相手の顔を見て笑顔で言葉をかければ、相手も笑顔で言葉を返してくれる。 「かがみ、約束通り俺に自分を守る術を教えてくれ」 「もちろんさ。その前に久々に京護のご飯が食べたい」 「はいはい。……あ、でもまずは説教か」 「なんの?!」 「人様のファーストキスを突然奪ったことについて」 「女々しいな京護?!もう少し感動の再開の余韻に浸らせて?!」  元気になって戻ってきたかがみに、俺はカラコンのケースを器用に鏡裏の収納スペースへそっと戻した。
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