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「意外と慣れてくるものね」
澄子が手の甲を擦りながら呟く。そこには25と発光する数字があった。彼女がありがとうと言われた数だった。
現代社会におもいやりの心を広めるべく可決された『ありがとう可視化法』。それは、ありがとうと言われた数を数値化するというものだった。
これにより、年収や学歴、地位などにとらわれず、おもいやりという目に見えない部分を評価できるようになった。
「お礼なんて毎日言っているから、とんでもない数になると思ったけど」
「本気の感謝じゃなきゃ反応しないんだよな」
夫の隆がホットコーヒーを差し出しながら続く。ありがとう、と澄子は言ったが、彼の数字が変わることはなかった。
「なんだか寂しいわね、感謝の気持はちゃんとあるのに」
「でもかんたんに反応されちゃ意味ないんじゃないか?」
「そうね。そしたら今頃、手の甲が数字まみれになってるわ」
ホットコーヒーを啜り、テレビに目をやると、午後のワイドショーが放送されていた。今をときめく俳優のミチノブが、コメンテーターとして出演していた。
「わ、すごい数」
隆の言葉に、澄子は手の甲に注目する。全ては見えないが、3桁はいっているようだった。
「ほんとだ。芸能人って大体3桁以上よね」
「うん。施行されてからまだ半年なのにな」
ファンからのありがとうが多いのかしら。そう思いながら、澄子はミチノブを見つめた。
「ミチノブ様。本日も始めさせて頂きます」
恵比須顔の男がネクタイを締め直した。俺は頷き、ソファに腰掛けた。
都内の一等地にそびえるマンションの一室。セキュリティもプライバシーも万全に守られている。ここなら何をやっても、誰にもわからない。
男は、すっとその場に正座し、僕に対してあの言葉を言った。上っ面ではない、誰が聞いても本気の声音だった。
「いい時代になったもんだ」
また1つ増えた数字を見ながら呟くと、男は恵比須顔を向けて大きく頷いた。
「大金払えば、おもいやりが買えるんですものね」
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