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「空野くん、この問題を教えてくれないかな?」
教員に聞けばいいものを、話すようになって以来、彼は何かと僕に質問に来ることが増えた。てっきり僕よりも成績は良いものだと思っていたのに、以外にも僕よりも順位は下らしい。
「僕は不器用だからなんでも人より頑張らないといけないんだ」
彼がそう言っていたのを思い出した。確かに彼はテスト前じゃなくても日頃から誰よりも勉強している。勉強に器用不器用が関係あるのか分からないが、勉強のやり方には問題があるのだろう。
「この問題は僕も間違っているだろうし、よく分からないんだよね」
「そっか、空野くんでも分からないかあ」
二人で、正確には彼一人が悩んでいるところに、
「私の出番だね」
待ってましたとばかりに彼女が登場してすらすらと問題を解いて見せた。さすが学年で常に一桁の順位にい続けるだけあって、教え方もうまい。けっこうおっちょこちょいな性格のわりにとんでもなく頭がいいものだ。
「なるほど!野口さん、ありがとうございます」
彼女と話すときは緊張しているのか、目を合わせることができていない。常に視線が宙をさまよっていて、たまに声も震えている。
「いーよいーよ。空野くんも感謝しなよ?」
「……ありがとう」
反射的にお礼を言ってしまったが、僕は別に問題の答えなどにたいして興味もなかった。どうせもう同じ問題を解くことはない。
「やっと部活ができるー!体がなまりすぎてないか心配だよ」
テスト期間も終わり、今日から部活が再開するらしい。部活をしていない僕にとってはテストがあっているほうが学校が早く終わるから楽なのだが、部活をしている人たちにとってはそうじゃないのかもしれない。
「そういえば椿くんもバスケ部だったよね。試合出れそう?」
「僕は無理ですよ。試合どころかベンチにも入れそうにないから」
「そっかー。空野くんは何の部活だったっけ?」
「いや、部活入ってないけど」
「あれ?入ってなかったっけ?」
何もしていないと何回も言ったはずだが、頭はいいくせに僕が言ったことは何も覚えていない彼女。
「まあいいや。そういえば来月のクラスマッチ、男子はバスケらしいね」
あれだけ話を聞いてあげているのに、僕の話には全くの無関心らしい。
「そうなんだ、すね」
敬語でしゃべるのか、タメ口でしゃべるのかはっきりしてほしい。
「うちのクラスは運動できる人多いし、優勝できるんじゃない?」
この学校では夏休みの少し前に学年別でクラスマッチが行われる。試合に出るのはオラオラのスポーツバリバリ系に任せておけば、僕にとってはほぼ自由時間となる。端っこに座って本を読むという、とても有意義な時間を過ごすことができる。僕が出てなくても誰も責めはしない。
「空野くんはちゃんと出ないとだめだよ?」
「え?」
君の考えなんかバレバレだよ。そう言われている気がする。
そんなはずはないと思っていたかったのだが、彼女の顔がすべてを物語っていた。彼女にはばれたくないことに限ってすべてばれている気がする。
「そうだよ。空野くん運動神経いいし、僕よりバスケうまいんじゃない?」
「バスケうまそう顔だしね」
どんな顔だ。バスケがうまい人たちに失礼だろ。声には出さないが。
「うーん、だとしても六組が強敵ですね」
「影山くんかあ。何人かでマークすればいけるんじゃない?」
「……」
この学校の期待の星にバスケをやったことないような素人が何人か集ったところで勝てるとは思えない。素人が何人か集まって勝てるのなら、バスケ部が揃いも揃って負けるはずなんてない。僕には二人と違って勝てる未来が一切想像できない。
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