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階段を何段も登ってたどり着いた先は学校の屋上だった。
こんなたいしたものが見えないところで景色でも見て癒されようなどということはあるまい。無意識にこんなところまで来て、することは一つしかない。
(ああ、そうか。僕は死ぬつもりなんだ)
今度ははっきりとした自分の意志でフェンスを乗り越える。あと一歩踏み出せばすべてが終わるというところで空を見上げる。皮肉にも、雲一つなく綺麗な晴れ空はどこまでも続いていた。
「もう、疲れた」
どんな死に方をしたとしても人は必ず後悔する。たとえそれが誰かのためであったとしても何も変わらない。
死ぬときはみんな平等に辛く悲しくて、孤独なんだ。
できるなら、もう一度だけ……。
「何してるの!」
いきなりの大きな声で出かかっていた一歩が反射的に止まる。フェンス越しに振り返ると、彼女が見たこともないような表情をして立っていた。
「……部活はどうしたの?」
「そんなの今はどうでもいいでしょ!馬鹿なことはやめてよ!」
彼女と違って僕は冷静だった。死ぬときはもっと恐怖で涙が出たりするのかと思ったけど、やっぱり僕の心は凍り付いてしまっているらしい。他の人たちと同じようにはなれなかった。
「お願いだから、やめて」
彼女が涙ながらに叫んでいる。こんな感情の彼女を見るのは初めてだった。いつも笑っている彼女だからこそ、そんな顔は見せてほしくなかった。
凍り付いたはずの心が大きく揺らいだ、気がした。
「自殺なんかやめてよ!」
どっちに一歩を踏み出すかの天秤が動き出す。どちらかしか選べない。
「……」
僕の身勝手な行動に彼女は巻き込むことはできない。今回は諦めようと思い、フェンスを乗り越えて彼女の方へと戻る。まだそのくらいのことを考えることはできたらしい。
目の前にいるのが彼女じゃなかったら、結果は違ったかもしれない。
「……ごめん」
彼女と目を合わせることができないまま屋上を去ろうとすると、後ろから彼女に腕を掴まれた。
「理由を教えてよ」
「理由を聞いたって、何も変わらないよ」
僕は今どんな顔をしているのだろうか。どんなことを思っているのだろうか。自分のことであるはずなのに、どこか他人事のように感じる。
「なんで空野くんのことは何も教えてくれないの?なんで楽しいことや辛いことを、私に話してくれないの?」
自分のことが分からない。
「なんで君は僕のことが知りたいの?」
君のことが分からない。
「……友達、だから」
本当に分からない。お願いだからこれ以上、僕に関わらないで。
「ごめん」
そう言って僕は彼女と目を合わせることなく屋上を後にした。自分のことを話す勇気がなくて逃げ出した。僕のことを知れば、君は必ず僕を拒絶する。
僕はそれを望んでいるはずだった。なのに、何故それができない?
一歩ずつ人から遠ざかっていく、そんな感覚が幾度となく僕を襲う。人じゃなくなってしまえれば楽なのに、誰かが僕を引き留める。実態の見えないそれはが誰かは分からないけど、お願いだから余計なことはしないで。
『大丈夫、君はひとりじゃないから!』
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