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生きている意味が僕には分からない。
どんなことにだって意味があると思っていた。意味がなければ、それは存在する価値のないものとして処理されてしまうから。
それなのに僕はあの日から生きる意味を失ってしまった。
「ねえ!」
突然聞こえた大きな声に僕は足を止めた。僕の肩に置かれた手さえなければ、僕に向けられた声だとは気づかなかっただろう。
「赤信号だよ?」
後ろにいる誰かが指さした先の歩行者用信号機は確かに赤く表示されていた。
「すみませ……」
口から出ていた言葉が中途半端なところで止まる。決して意図的なものではなかった。
「どうしたの?私の顔に何かついてる?」
「……」
「おかしいなあ、ちゃんと顔は洗ったはずなんだけど……」
「あ、いや、すみません」
信号が青に切り替わった瞬間に僕は足早にその場から離れた。そんなはずないと一欠片の理性が働きかけた結果だった。
「あ、ちょっと」
彼女の声が遠のき、すぐに知らない声々の中に埋もれていく。こんな偶然、よくあることだ。
退屈な日常は何も変わらない。前とは違う通学路を歩いても、季節が春に変わっても。
『初めまして』
人生にはいつだって選択が付きまとう。どんな小さな選択さえ、時に大きな変化をもたらす。慎重に選ばなければ簡単に道を踏み外す。他でもない、僕のように。
もしも、あの日降っていたのが雨なんかじゃなく、桜だったのなら、選択も違っていたのだろうか。
「……」
僕だったらよかったのにと、ないものねだりが顔を出す。一度した選択は消えないのだ。たとえ選択肢の中に正解なんてなかったとしても。
最善の選択なんかではなく僕はいつだって正解を求めている。正解じゃなければ選択する意味なんてなくなってしまうから。
「おはよう!」
教員だと思われる人の声が僕の頭に響く。まるでピコピコハンマーで頭を殴られたみたいだ。
「おはよう」
視線は紛れもなく僕を捕えている。この挨拶を無視すると面倒くさくなることを僕は知っている。
「……おはようございます」
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