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人生における大事な選択のうちの一つ、高校。
僕にとって高校はどこも同じとしか思えないのだが、一部の人間にとっては将来を見据えた大切な選択になる。現に、僕も親と中学の頃の担任に半ば強引にこの高校を受験させれられた。県内でも偏差値、大学進学率ともにトップのこの高校を。
自分たちの利益しか考えてない大人が意見を曲げるはずもなく、誰一人として僕の意見など聞こうともしなかった。大学なんて行く気もないのに。
要するに大人たちのエゴに使われたということだ。
(きっと、ここでの三年間も退屈なんだろうな)
このままだと確実に大学にも行かされることになるだろう。僕の意志なんか関係なしに。
『もっと自分の意志を大事にしなよ』
この世の中で、自分の意志を大事にしている人はどのくらいいるのだろう。
自分の意志をかき消してまで集団に属すか、自分の意志を主張をして孤独になるか。与えられる選択肢はこの二つだけ。
どちらを犠牲にするかなんて、ほとんどの人は悩みもしない。人間は孤独になることができない、ウサギのようにか弱い生き物だから。
物事はどちらかしか選べない。天秤はいつだって必ずどちらかに傾いてしまう。
「初めまして」
今朝校門の前で元気に挨拶をしていた人だ。
「このクラスの担任になった……」
まさか僕らの担任としてまた元気な挨拶を聞くことになろうとは。少しうんざりした後に僕は関心も聴覚も窓の外に放り投げた。
担任の先生の言葉が右から左へと僕の耳を通り抜ける。いつからだろう、大半のことに興味がなくなり、人の話も聞き流すようになったのは。
「自己紹介しようか」
呑気に窓の外を眺めていると、うんざりする行事の開会宣言が耳に入ってくる。もちろん、すぐに通り抜けていった。僕の頭に重りを残したまま。
(……また小学生みたいなことを)
頭の中で言葉を持て余す。
名前なんか名簿を見れば分かるはずなのに、こんな何の意味もないことをするのはいったいなぜだろうか。
「出席番号一番の、君からね」
理由なんて分かるはずもない。親友でも家族でも、どれだけ必死に心理学を勉強した学者でも他人の心は読み取れないのだから。理由があるかどうかすらも僕には分からない。
「じゃあ、名前以外の情報を二つ言おうか。何でもいいよ!」
名前だけならまだしもその他の情報を言わせるとは、意味のなさに拍車がかかる。どうせ聞いたところで先生を含め、誰一人覚える気はないだろうに。
自己紹介に知恵を振り絞る気力すら湧かない。僕の出席番号は意外と早く、どうしようか考える暇もなく自分の番がきた。ため息を一つ残して立ち上がる。
「空野春人です。好きなことは本を読むことで、趣味は読書です。一年間よろしくお願いします」
これ以上の適当はないだろうと自分でも思う。二つの情報を入れるふりして一つの情報しか入れていないのだから。他人が僕について知ることができたのは読書が好きという情報だけ。
「……」
聞いてないのか、何かを言う雰囲気ではないのか誰ひとり口を開かない。渇いた拍手だけが鳴り響くだけの空間で自分の異様さが嫌に目立つ。どうせその異様さも僕が席に座ればすぐに消える。
「よし、みんな終わったね?」
誰かの自己紹介を真面目に聞いていた人なんていたのだろうか。言われなくても分かるだろうが、僕は誰の名前も覚えられなかった。
かろうじて頭に入ってきた情報は衝撃的で、特技が千羽鶴を折ることというマニアックなものだった。
お調子者がみんなを笑わせようとしたのかと思ったけど、どうやら本人は真面目に言ったらしく、誰も笑っていいのか判断できなかった。自己紹介をしようと言い出した先生でさえも、引きつった表情で何も言えずに固まっていた。
何か言ってやるべきじゃないのか?そう思った。
「これから一年間よろしくお願いします」
社交辞令なのかもしれないが、丁寧に頭を下げる担任の先生は僕ら生徒に何をお願いしているのだろうか。
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