2.僕と俺

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 その日の昼休みにはなくなっていた上靴が、学校のすぐ横にある川に落ちているのを見つけた。先生に用事を頼まれてたまたま近くを通ったので見つけることができたけど、本来なら確実に気付かないだろう。もちろん自然にこんなところに落ちるわけはないので、誰かがここに捨てたことも確実だった。    川に入って上靴を拾う。幸い僕の腰ほどの浅い川だったけど、服は濡れた。    服は教室に戻ってバスケ着に着替えてしまえば問題ないが、上靴は今日は履けない。家に帰って洗うことに決め、上靴を持って教室に戻った。 (どうせみんな無視してるんだから、濡れたまま教室に入ってもいいか)  案の定、誰も何も言わない。僕だけが存在してないようなこの空間。それでも時間は何事もなく過ぎていく。  耳障りな音を鳴らし続ける秒針が僕に語り掛ける。 『お前はもう、ここには必要ない』  部活中も同級生は誰も僕にパスしようとはしない。これも無視の延長線上で行われているのだろうか。僕が何かした覚えはないけど、ここまで徹底しているのなら感心さえする。  いつもの楽しさがまるで嘘だったかのように、幻みたいになっていく。    学校では僕に何があっても誰も話そうとしない。いろんなものが無くなり、話し相手もおらず、机に落書きまでされる。  これがいじめというものか。感受性豊かな人間には到底耐えられないだろう。学校に来られなくもなるだろうし、自殺してしまうかもしれない。それでもいじめた本人や学校側は事実を否定し続ける。いずれ時間が解決することを知っているから。 「どうしたの友也?元気ないみたいだけど」 「さ、最近バスケの調子が悪くてさ」  うまく笑えているだろうか。まさか学校がうまくいっていないなんて言えるはずもなく、今度は自然に嘘をつく。心配させてはいけない、そんな使命感が口を動かしている。けれどその使命感は表情までも作ってはくれなかった。  母さんが柔らかく微笑む。またすべて見透かしているのだろうか? 「もうすぐ試合があるでしょ?母さん見に行くから頑張ってね」 「え、いいよ。じっとしてなくちゃいけないんだし、無理しないでよ」 「別に無理じゃないよ。見に行きたいの」  断りたい自分と断りたくない自分が背反する。体を大事にしてほしい自分と見に来てほしい自分がいる。  まるで自分が二人存在しているみたいに。 「分かった、頑張るよ」  作った顔で笑う。母さんに心配かけないために必死に取り繕う。  母さんに負担をかけるわけにはいかない。落書きされたら消せばいいし、物を隠されたら何度も探し出せばいい。無視されたとしても、それは元に戻っただけ。僕は自分のことに集中すればいい。    雲のように人間社会へと流されて、どす黒い雨雲へと変わってしまわないように。
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