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「なあ」
話しかけられているのはどうやら僕らしい。
「お前さ、なんの部活入る?」
初めましての人に話しかけるときに、これ以上に最適な言葉はないと思う。学生だけが使える特権だ。
「……入る予定はないよ」
名前は忘れた、というか聞いていなかったので知らない。もちろん彼にそうは言えない。
「ふーん。ま、頑張れよ」
「……」
よく分からないことを言って彼は友達らしき人と教室を出て行った。
(頑張るって、何を?)
こうして僕の今日一日の高校での会話は終了した。もしかしたら三年間の会話が今この瞬間に終了したかもしれない。別に悲しいことではない。
誰にも話しかけることなく帰ろう。そう思って鞄を持ち上げた瞬間だった。
「ねえ!」
「!」
思い切り油断していたところに死角からの声で反射的に背筋が伸びる。もし僕の心臓が弱かったら間違いなく帰らぬ人となっていただろう。
教室中に僕の驚いた声が響き渡らないでよかった。
「ごめんね、驚かせちゃって」
心臓を落ち着かせながら振り返ると、今朝僕に声をかけてきた女の子が目の前に立っていた。
「二度目ましてだね」
例のごとく彼女の名前は分からないが、かわいいと噂されていたのはこの子のことだろう、周りからの視線がやけに突き刺さる。
驚いたところを見られたのはなかなかに恥ずかしい。
「な、なに?」
僕の心臓が弱くてショック死していたら彼女は犯罪者になるのだろうか。そうなれば警察も裁判官もどう対処すべきか困るだろう。
「バスケ部入るんでしょ?」
「……え?」
唐突に投げかけられた質問に、いきなり声をかけられた時ほどではないとはいえ驚いた。断定的なその言葉で仲良くなるためのきっかけを作ろうとしている、なんてことは絶対にない。
何でバスケ部なんだ?さっきも言ったが、僕は、
「部活に入る予定はないけど……」
「え?」
「え?」
なんで驚いてるんだ?二回も驚かされた僕が言うのもあれだが、驚きたいのはこっちだ。
「ちょっと待ってよ。影山くん……だよね?」
やっぱり自己紹介なんか誰も聞いていないし、聞いていたとしても覚えてなんかいない。僕みたいな人間に興味を持つ人なんていない。
「……違いますけど」
僕は影山という名前ではない。
「……ほ、ほんとに?」
僕は頷いた。
「ごめんなさい!人違いでした!」
自分の間違いに気づいた彼女は、顔を赤くさせてものすごい勢いで謝った。
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