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偏差値が県内トップのこの学校は勉強が第一であり、運動が苦手という人も少なくない。平均もそれほど高くはないので僕のような人でも上位に入ってしまうらしい。
この学校の運動部が輝かしい功績を残したことはほとんどない。勉強はともかくとして、運動に関しては部活をやっているだけで満足感に浸っている。文武両道なんて、できもしない目標なんて捨ててしまうべきだ。
勉強も運動も完璧にこなす人間なんてこの学校には存在しない。
「影山くんとどっちが上かなあ?」
……そう言い切ることができたら幾分か楽だったのに。
彼女が僕と間違えたあのイケメンの彼は、一年生にしてバスケ部のエースとしてチームの勝利に大きく貢献しているらしい。この前の試合では彼の活躍により上位入賞。バスケ部や教師たちはまるで自分の手柄かのように鼻高々で騒いでいた。
そのうえ彼は勉強では学年一位、県内でも一桁に入っていると噂されている。高校に入学してまだそんなに経っていないのに恐ろしい人だ。
「僕なんかが勝てるわけないって」
これだけでも充分恵まれていると言っていいのに、彼は容姿にも恵まれているという人間の不平等さを存分に表している。
その辺の人と違って、なんでも完璧にこなすのだ。そりゃあ、わざわざ他クラスから女子が集まってくるほどの人気者にもなるだろう。もし彼と同じクラスだったら、キャーキャーうるさい教室で過ごすことになっていたのだろうか。……同じクラスじゃなくてよかった。
「ねえ、聞いてる?バスケ部なんてどうかな?」
「え、何が?」
「ほらー、聞いてないじゃん」
「ごめん」
彼女が大きく息を吐いて強い眼差しを僕に向ける。
「バスケ部に入らない?」
彼女は毎日のように僕に話しかけてきては何かを勧めてくる。
「……僕はいいよ。もう」
退屈だと思う僕の気持ちを見透かして気を遣ってくれているのだろうか。そこを見透かしているのなら、僕が一人でいたいと思っていることも見透かしてほしい。
「一度きりの高校生活なんだからもっと楽しまないと」
君の期待に応えることはできそうにない。これが僕の平穏だから。
心の奥底まで氷のように冷え切った僕がみんなと同じ熱量になることはない。君のようにすべての物事を楽しむなんてことできないし、誰かと笑い合うこともできない。
達成感や嬉しさで泣いたことがない僕は涙までも凍っているのだろうか。
「楽しんでるよ」
そう言って笑いかける。心から笑うことがなくなった僕は、今どんな顔で笑っているだろうか。分からない。
僕にできることはこれ以上君に心配をかけないように取り繕うことだけ。
「……」
そんな僕に君はまた、どこか懐かしい笑顔を向ける。
彼女は誰と話すときも笑っているけれど、僕に向けられたその笑顔にだけ既視感を覚える。君とは会ったこともないはずなのに、そんな感覚が不意に訪れるのはなぜだろうか。
彼女が時折見せる、悲しげな表情にも。
そんな考えを何度も振り払う。あまり他人に深入りするべきじゃない。僕が彼女のためにできることなんて何一つないのだから。
「そう?ならいいけど」
授業が始まるからと彼女は自分の席に戻っていった。
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