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# BLACK OUT 1
…
そこには光がなかった。
光というよりは灯だけで、
青とか赤とか黄色とか…
目の痛くなるようなライトに…
蝋燭に灯る真っ赤な炎ばかり。
目に染みる煙と尖った針の山…
鼻につく甘い匂いと、
粉っぽさが喉にくる…
…
そんな場所に来る人は
みんな悲痛な叫びを上げていた…
そんな声を聞きながら、
違和感が少しずつ身体の奥に沁みてくる…
痛いとか、悲しいとか、苦しいとかって、
ずっとずっと昔に忘れてしまったような気がしていた。
…… もう俺はきっと、
人間じゃないのかもしれない…
人間の感情を時に羨ましく思う…
だからこそ、…
全部奪ってやろうと思った。
大好きな人も、大っ嫌いな人も、
幸せな人も、不幸な人も…
俺だけを見てくれればいい。
「おい、何してんだ…ナオヤ行くぞ」
「……うん」
彼に言われるも
路地に横たわるオモチャにしていた男を蹴っ飛ばすと、そいつは嬉しそうに笑っていた。
笑って俺を見てる。
虫の息だけど、
痩せ細った顔も手も痛々しいけど、
嬉しそう。
彼の世界が俺に染まってる。
…その目に、俺は…
どう映ってるのかな?
思いっきり殴って男が気絶するのを見ていると、
急に心が冷めていく…
何やってんだろ。
体にべったりついた血が気持ち悪い。
そんなことを考えていると、
トンッと肩に手を軽く触れられる。
まるであの時のように…
ドキドキと胸が高鳴る。
「もういい」
叩かれた場所と言葉に温かみを感じて、
現実に引き戻された。
「…せっかくの可愛い服だったんだけど…汚しちゃった…」
俺が困ったような顔をして言うと、
彼は「買いに行く?」と、いってくれた。
「いいの?!」
思わず目を見開く、
だって今日は予定があるって言っていたのに…
俺の買い物に付き合ってくれる…の?
「すぐそこでいいなら」
親指で向こう側の明るい電飾の街を指して、
彼は歩き出した。
「行く!」
上着を脱ぎ捨て、
寒さなんて気にせず後ろをついていく。
本当は死んだはずの彼…
生きていて驚いたけど…
そんな事より、
また昔みたいに仲良くできてるだけで、
今俺は幸せなんだ。
世界一、幸せ。
彼のためなら、なんでも出来るから…
俺を…ずっと隣に置いていてほしい…
俺を見ていて…
……
なんだって、
…してあげるから。
…
大きなガラス張りに並ぶ、お洒落な服…
さっきまでいた異質な部屋とは真逆の明るくて華やかな可愛いものばかり。
…春だからか、白とかピンクとかばっかりだ。
…着てみたいけど、タマキが嫌がるだろうか。
白なら平気?
聞いてみたい、でも聞けない。
……また、あの目をされたくない…
……
「一緒に…」
聞こえるか聞こえないか判らないくらいの小さな声を出すとタマキは俺に笑顔を向けながら
「行って来なよ」とクレジットカードを渡して来た。
名前の欄を見ると
…タマキの…カード…か…
嬉しい。
共有してこういうものを与えてもらえるだけで、
今は満たされてる。
「ありがとう」
そう言うとタマキはショッピングモールのフードコートへ向かって歩いていく。
…待っていてくれるのか?…早く買って戻ろう。
足早にエスカレーターを駆け上がる。
夜も遅く、閉店まで後1時間だし…
そんなに長くなる事はないんだけどね…
でも、早く決めなきゃ。
待たせたくない。
…よく買いものをしてるお決まりの店に入る…
店内には誰もいない。
スタッフの人がひとりと…俺だけだ…
締めの作業でもしてるからか接客をするような雰囲気でもないし自由に見れるから丁度いい。
コスメも余裕があったら見たいなぁ…
いや…服を買いに来たんだから、
他のもの買うのは今度…
新作と札がついてる
人間の服を着せられたマネキンが目につく。
……黒っぽいパーカーに真っ赤な薔薇の刺繍が少し入っていて、黒レースのワンピースが可愛い。
シンプルだけど不思議と惹かれる。
黒、…
黒はタマキの色…
店の人に声をかけるとサイズを出してくれてすぐさま着替えた。
鏡を見て、体に少し血がついていたので、
慌てて着ていた服で拭った。
忘れてたけど…気付かれてないから平気か…
お会計を終わらせ、店を出てからまだ時間があまり経ってないことに気づく…
衝動買いだったからほんの10分程度だ。
さらに上はメンズコーナーか…
タマキ、最近同じ服ばかりだし…
俺の所持金から何かプレゼントしたいなぁ。
思わず上の階に走っていく、
タマキがよく着ているブランドが確かあるはず。
…店に1人だけガタイの良さそうな男が居て
服を見ていたが、お構いなしに中に入った。
「よければ新作のカタログもあるのでどうぞ」
そう言って接客してきたスタッフに頭を下げる。
…向こうが不思議そうな顔をしているが、
女装してるやつがこんなところに来たら変…かな…
「プレゼントですか?」
「あ、は…はい!」
目があってから、ぼーっとその人を眺めてしまっていたせいで声をかけられハッとした。
「…急いでるんで新作とか何かありますか…?」
「それなら、是非これを!…今1番おすすめで!」
そう言ってロングのパーカーを見せて来た。
黒いロングのパーカー、シンプルだけどスタイルがカッコよくて絶対タマキに似合う…
これにしよう…
喜んで欲しい。
ただそれしか考えてなかった。
軽くジュースを奢るような感じで渡せば、
そんな意味あるようには見えないよね。
…服買ってくれた訳だから。
…同じことだよね。
…どんな顔してくれるかな。
…
「やっぱり入らない…」
「まだ終わってねぇのかよ……」
不意に声が聞こえてきた。
隣で店内を見ていたガタイの良い男の隣には、
いつの間にかもう1人少年がいる…
…あの2人…
頭の剃り込みに同じタトゥーが入ってる…?
…いいなぁ…
お揃いのものか…
仲良いのかな…?
「早くしろよ」
「……諦めるしかない…欲しかったなぁ…」
そんな2人を見ていると、
店員が「ラッピングとか」と言って来て、
新作と言われたロングのパーカーの隣に、
同じようなタイプでショートのパーカーが目につく…お揃い…したい…
「あの!あっちのショートタイプ着たいです」
そういうとラスト一つだと教えてくれた。
俺のために残されていたのかもなんて、
上機嫌気味にさっき買ったやつを袋に入れて、
新しい真っ黒なパーカーを羽織る。
丁度良い。
「…彼氏さんとお揃いとかですか?」
「えっ…いや…その…」
彼氏?違う違う、ただの友達…
友達?……って呼んでいいんだよね?
…でもタマキぐらい俺を理解してくれる人なら、
親友…かな……
………
「…はい、彼氏に」
自分でも思わぬ言葉を口にしてしまった。
これはエゴなのだろうか。
それぐらい近い関係になりたい。
タマキしか考えられないし…
俺の在りどころだから…
昔いろいろあっても許してくれた。
俺に何かあれば傍にいてくれる。
もう、突然怒ってきたりしないし…
でも、怖い。
怖いから…
…今は、夢だけ見させて…ほしいかな…
…そう言って現実みたいに振る舞いたい…
そんな気分だから。
「素敵ですね、お会計はこちらです!ラッピングまで時間がかかるので少々お待ちください」
会計を済ませラッピング待ちをしていると、
先程の二人組とぶつかってしまった。
俺が周りも見ずに不意に店内を見て回って待とうとした振り向きざまに当たる…
体格が良いからだろう、俺が弾かれる形になって
荷物がバラバラに弾けるような音がした。
「あっ、…」
俺が慌てて荷物をかき集める。
「すみません、怪我は?」
「おい、ザキ何やってんだよ」
「大丈夫ですっ!!!!」
…思わず声が大きくなったので2人が驚いていた。
心臓の音が早い、注射器とか見られた?
大丈夫か?
「ラッピングお待たせしました」
店員に言われ急いで受け取り頭を下げ早々と歩き出しエスカレーターに差し掛かった瞬間、
後ろから強く腕を掴まれる。
「おい、お前…これ落としてるぞ」
さっきとは違う低いトーンで少年が俺に言った。
振り向くと少年では無くザキと呼ばれていたガタイの良い男が
俺の手を掴んでいる…力が強い…
「……」
それに、少年の手に持つやつは…
真っ黒な粉が入った小さな袋…
何か分からない…よね?
「すみ…ません…拾っていただきありがとうございます。」
手に取ろうとすると少年は自分のポケットに粉を捻じ込みながら「お前、黒だな?」と言った。
…あ、やばい…俺のものじゃないって否定すればよかったのか…しくった…
タマキに怒られる、やばい…
急いでザキの手を振り解き反対側の階段を抜ける、
こっちからなら、フードコートが近い。
「ガミ!!!」
ガタイの良い男が、
少年をガミと呼び何かを渡したように見えた。
「…??」
驚くような早さで俺の前に来てガミが立ち塞がる。
「逃げんなよ」
慌てて携帯を手にする。
やばい時のコール何番だったっけ…
タマキとは別行動しなきゃ…
どうしよう、どうし…
すると、いつもの足音が聞こえてきた。
ゆっくりこちらに向かってくる。
タマキだ…
やけに安心する音。
ゆっくりと動く心臓のようで、
心地がいい。
カツッと止まった音がして
「タ… 「佐上、久しぶりだなぁ」
俺が名前を呼ぶより早く少年にタマキが声をかけた…知り合いだったのか?
ガミの後ろにザキも走って来て
2人して驚いた顔をしている…
「八崎も元気そうだな?」
「…どうして…タマキが…」
佐上が口元を押さえて顔面蒼白といった感じだ。
何か…あったのか?俺が知らないところで…
胸の奥がモヤモヤする…
「移動しようか」
タマキの言葉でショッピングモールの明かりが少し落ちて閉店のアナウンスが流れる。
残りの時間が少ない。
「……わかった」
佐上が冷静さを取り戻したのか、強くタマキを睨みつけて了解をする。
少し離れながら俺とタマキが前を歩き、
後ろから2人がついて来た。
…特に喧嘩をする雰囲気ではない…
どこ、いくんだろう…
話しかけたいのに、
話しかけずらい。
人通りの少ない道を抜ける、
こんなにも背中を見せてるけど、
佐上も八崎もついてくるだけだ。
……、どうして?
話をするだけ?
…だろうか、
進めば進むほど嫌な感じがする。
店を遠回りして歩いている。
………時間稼ぎ?
…人集め?
…明らかに…
包囲してる感じがする…
集団リンチ…すんのかな…
あんまり、見たくない…
なんか嫌なことを思い出すし…
俺は俺を見て欲しいから…
違う奴らが目立つのは何か悔しいし。
かといって、そこに入りたい訳じゃないし。
「どこまで行くんだよ」
やっと口を開いたのは佐上だった。
その声を聞いてタマキがぴたりと歩くのを止めた。
「尚哉?」
佐上や八崎じゃなく、突然俺の手を掴んで自分に振り向かせてくるので緊張が走る…
「な…に?」
目があって訳も分からず聞くと、
「何があった?」
「……ッ!」
優しい顔で、声で聞くのに強く腕が掴まれる。
逃げないようにしてるんだと思うけど…
痛い…
凄く…痛い……、
悪く…ない…な…
「…買い物…して、て……」
俺が目を離せないままタマキを見つめて話す。
本当の事を言おう。
大丈夫。
「…欲しい服…タマキが好きなブランドのやつ…買ってみたんだけど…タマキにも選んでたら……ちょっとアイツらにぶつかって……荷物が…」
ゴッ…っと強い衝撃が鳩尾に入る。
髪を急に掴まれて涙が出た。
ウッェ…
胃の中が気持ち悪い…あたりどころが悪い…
タマキ……嫌だ、怒らないで…
涙目になってしまってるせいか視界が歪む。
「誰が俺の分も買えなんて言った?」
視界が戻るとせっかく買った服が踏み潰されて蹴飛ばされるのが見える。
あぁ、望んだら駄目だった。
高望みするんじゃなかった。
数時間前の自分に戻りたい。
嫌だ、嫌だ、嫌だ……
捨てないで…
「尚哉、出来るよな?」
目の前に注射器が転がってくる。
ケースを開けて俺は自分の腕に刺そうとする。
「やめろ!!!!」
急に佐上の声がして、ハッとした。
「お前らがどんな関係か知らない…だけど、それは間違ってる…」
佐上の言葉を聞いて「ウザ」とタマキが口にした。
目が笑ってない…
「あんなに仲良くしたのに、残念だよ…偽善者になったつもり?」
佐上に手を振りながらあっち行けというような、ジェスチャーをしてタマキは煽る。
「……BLACK OUTさえなければ、お前なんかに従わなかった」
ずっと黙っていた八崎が口を開く。
「刑務所行きになった癖に、何で…もう出て来てる?」
八崎にそれを言われ俺は更に困惑した…
どういうこと?警察?何をしたの?
「そんなすぐ出てこれるような刑じゃないよな?」
続け様に佐上が言ってきて俺の知らないタマキがいることが不安でならなくなって注射器を手から滑らせた。
「刑務所?」
「……」
俺の言葉にタマキが凄い形相で睨んでくるものだから、息が苦しくなる。
駄目だ聞いちゃいけない…踏み込んだら…やばい。
「…あーあ、本当に馬鹿ばっかりだなぁ…」
ガッシャン…とあちこちから黒服の男たちがパイプだのバットだのを持って大人数で2人を囲う。
「やり方が変わんねぇな」
佐上の言葉にタマキが「お前もこっちにいただろ?帰ってこいよ」と手を伸ばす。
「残念だったな、…俺達にはもう信頼してるリーダーが居んだよ………
アイツなら…憧れのハヤトさんよりもきっと強くなるって信じてんだ…
お前なんかより何億倍も信頼してんだよ!!!」
そう言って優しく笑っていた。
幸せというか、その笑顔は吹っ切れたように見える。
「もう…戻らない…過ちは背負いながら生きる…」
佐上と八崎は2人して自分のタトゥーに触れた。
……何かがあるんだ………
なにか、意味が…
俺は…、タマキを…信頼して……
る?
怖がって、一歩引いて…信頼しきれてない?
…
「…クソみたいなヤツに成り下がったな…さっさとやれよ」
タマキの言葉に一気に黒服の男たちが佐上と八崎に向かって走る。
俺はそれをみながら地面に座り込んだままだった。
「尚哉も、いけよ」
「…」
言葉が出てこない、何で…
何かが引っかかる…
動け、身体…
…やばい
すると思いっきり蹴られ、地面に落ちていた注射器を無理矢理踏み潰された腕に打たれる。
「尚哉ぁ…失望させるなよ?」
「タマキ…ごめ……ん…」
泣きそうになるのを抑えて注射が終わるのを待ち、
体が熱くなるのを感じると、
心臓がさっきより速く脈を打ってるような気分になった。
暖かい。
気持ちいい。
「ほら、いけ」
タマキに言われ俺は佐上に向かって、
集団リンチの中に飛び込んだ。
…拳に当たる感触、タマキの笑い声、
全部が高揚感に包まれてた。
多分、記憶が曖昧だけど……
誰ふり構わず殴ったような気がする……
楽しい。
愉しい。
タノシイ。
…俺今、生きてる。
……
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