笑って、サヨナラ、アリgaとう

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テキトウに生きろ 馬鹿な事言うなと、その時は思った。 そして、その馬鹿とは利口に生きるなという意味ではなかった。 それまで必死で進学校に行かせようと努力させ、いまの高校にたどり着いた。 その入学式の終わった1年の3日目の深夜1時に、父聡介は、母美沙も一緒に、ダイニングのテーブルで向き合って、宣告された。 動揺するしかない、何が起こったか分からないかった。 それまでの有名大学進学を、就職を考えて、一流大学から大手企業か、上級公務員になれと厳しく言われてきたからだ。 それが、念願だった高校に入った瞬間から「テキトウに生きろ」と言われれば、どうしていいのか分からなかった。 「どうして!」 「どうして?」 「理由、、、」 三度目の何故、父の顔からは生気が失われ、口は堅く閉ざされていく。それは溶岩が冷えて、固まるように、何かを力づくで抑え込んで固まっていった。 聞けば聞くほど、暗く沈んだ顔をしていく父と母。 僕は必死で理由を聞いた。 「離婚、するの?」 「いや」 「だって、おかしいじゃないか!目立つなとか、テキトウに生きろとか! それだったら、名前が変わるからイジメられるとかに、、、」 「違う、、、」 「雫、、、」 「母さん、借金とか?」 「え、、、?」 「だって僕を無理に進学させる為に、かなり無理して塾に行かせたり、この杉並に引っ越したりしてきただろ。パートだってして」 さあーっと、外は春の嵐が吹き抜ける。マンションの三階の部屋からでも、外の街路樹を揺らす風の音は伝わってくる。 沈黙と春の嵐が、交互に僕の心を揺らす。 時間が尽きるのが先なのか、桜の花びらたちが力尽きるのが先なのか、ただ空気だけが浪費されていく、三人分、しっかりと。 「聡介さん、ねえ、、、!」 母は、強く父の肩を揺すって何かを言わせようとしている。それに答えたい父は、頑なに、必死で、組んだ腕で、そう大事な大事なひな鳥の卵を守る様に固まっている。 「その時が来たら、絶対に、本当の事を話す、約束だ雫。だから、その時まで学校でも、どこでも目立たず、おとなしく適当にやり過ごしてくれ。強制はしない、お前が出来る範囲でいい」 「責めないでお父さんを、、、雫」 「だって、、、今まで」 「分かってる、無理やりサッカー止めさせて、塾に行かせたりして悪かったと思ってる。ただ、これからは、これはお前の人生にも関わってくるんだ」 「人生、、僕の?」 「聡介さん、それ以上は、、、」 「美沙、事が知れればお前だって、どうなるか分からないんだぞ」 「だって相手は国だし、そこまで酷い事に」 「だからだよ、俺だってこんな事言いたくないんだ!」 父はついに声を荒げだした、何かに取り付かれたかの様に。 父は僕の顔を掴んで、ぐっと目を見張った。その目にはおかしな影は無かった、とにかく信じろと強く訴えたい気持ちなんだと思う。 「と、父さん、、、」 「いいか、我慢できないようなら仕方ないさ、その時はお前の好きな様に行動しろ。ただ、変な事になったら、とにかく目立つ行動や発言は控えろ。そうしないと、、、」 「ま、まさか、雫にまで?」 「こんな時代だ、どこまで個人情報が守って貰えるか分からないさ。母さんだって、分かるだろう、週刊誌の怖さを」 「、、、ええ」 父は僕にも、母にも、覚悟を決めろと、静かに迫った。 春の嵐は続く、どこまでも、まるで全ての桜の花を散らしたいみたいに。 これまでの経緯と、これからの家の、家族でのあり方を説明が始まった。 父の関わっている仕事、抱えている情報を。 書類の数々、手書きの手帳とメモ用紙、その時の僕にはさっぱり分からなかった。 ただ、父の母の取り巻く状況は、表に出ればどうなるか分からないと言われた。 「マスコミの餌食になるな、なれば美沙もお前も無事じゃ済まない」 その言葉で、深夜の、最初で最後の家族会議が終了した。 高校での生活に慣れないまま、杉並のマンションから国分寺の貸家へと僕たち家族は移った、ひっそりと逃げ出すように。 駅から近い、日当たりの良いマンションの3階から、かなり古い小さな貸家に移った。道から奥まった、日当たりも悪い、風の通りも悪い。そして、人通りも少ない。 まるで、人目を避けて生きて行けと言わんばかりに。 母からは、キャッシュカードの管理の仕方を教わった。 必要ないよと言ったが、母は無理に渡してきた。 「使うことが無ければ、そのまま大学の進学資金にでもね」と母は言っていた。 「じゃあ、いつ使うの?」 「お母さんの老後の資金にでも、出来ればね、お父さんと旅行したいし。雫の遊ぶお金になるなんて、勿体ないから」 「ねえ、、、」 母も何かを抱えて、そして僕には打ち明けてくれなかった、その時まで。 それからは12月まで、何事もなく、ただの高校1年生だった、そう、ただの特に目立たない。 そして、ある日、冬休み明けの、週明けの月曜日の朝だ。 1月12日、父が自殺した事を知らされた、電車の中で。 液晶画面から流れる、淡々とした文字、記号、父の氏名。 高遠聡介45歳、厚生労働省新設医療施設審議官、とだけあった。
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