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宿泊施設の浴場から出て廊下を歩けば、昼間より少し下がった涼しい風と蛙の声が窓から入ってくる。
風呂とイライラで熱くなった身体に触れ、少しだけ気持ちが落ち着いていく。
休憩所スペースに差し掛かったところで、ぼんやりし出していた意識が一気に覚めた。
――緑川が、いたのだ。
しかし、あの視線を向けては来なかった。というのも、ベンチに座って眠っていたからだ。
起きる気配はなく、運良く傍にあった自動販売機に寄りかかる形で、すよすよと寝息を立てている。
「何でこんなトコで寝てんだよ……」
関わらない方が吉と思い通り過ぎようとした――が、結局足を止めてしまった。
それから深く溜息をついて、
「おい、風邪引くぞ」
肩を揺すれば、んんっ……と喉奥から眠たそうな声が聞こえた。閉じられていた目蓋がゆっくりと開き、緑みがかかった眼が、ぼんやりとこちらを見つめる。
「ったく、寝るなら部屋に帰ってから寝ろよ」
じゃーなと休憩所スペースを後にしようとした矢先、
「あっ、待って!」
「……何だよ」
睨むが、緑川は黙ったままで目を泳がせている。言おうかどうか迷っている様子だった。
あぁ、まただ。そんな態度取るな。そこがイラつくんだよ。
このまま黙っていても仕方ない。こちらから動いて、ササッと問題を解決させた方が良いかと。そう判断した聖夜は、
「お前ら、何で俺のことジロジロ見てんだよ」
「えっ、そんなに見ていた……?」
「無自覚かよ……で、何でなんだ」
ここまで聞いても態度はなかなか変わらなかったが、やがて意を決したように緑川は口を開いた。
「……キミが、ある子に似ているんだ」
ふと、合同合宿初日に灰路が言っていた言葉が頭に過り、
「それって、初日に灰路さんが言ってたことか?」
そう尋ねれば緑川は頷いて、
「その子は輝夜の双子のお姉さんで。僕とゼロ、マリアとミカとは同じ養護施設で育った、大切な幼馴染だったんだ」
「“だった”? 今はどうしているんだ」
「…………死んだ、かもしれないんだ。6年前に」
6年前――瞬間、聖夜の脳裏に“あの頃”の記憶がフラッシュバックした。
「天馬さん!?」
どうやら立ちくらみをしてしまったらしい。気が付いたら膝を付いていて、緑川に支えられている状態だった。
「ちょっと座った方が良いね、立てる?」
あぁと頷けば、そのままベンチに座らされる。
「……すまなかったな」
「ううん。落ち着いた?」
「あぁ、おかげでな」
そう答えながら、聖夜は“6年前”というワードから自分の過去を思い浮かべた。
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