第二話 宵の花

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第二話 宵の花

 それはペトリコールの広がるネオン街。じっとりと湿気を含んだ風さえも気にならないような人々の賑やかな声が街の至る所で聞こえる夜だった。  二か月ほど前から、この街ではある噂がささやかれていた。多くの蝶が舞う夜の闇に、一輪の花が咲いた、と。彼女のステージを見て、真っ赤な薔薇のように艶やかだと言う者もいれば、常夜の世界に咲いた向日葵のようだと言う者もいた。そして彼女を語る者は皆口々にこう言うのだ。 ———咲いている花はもちろん美しいが、やはり散り際に勝るものはない。  街の一角にある劇場。そこは女が自信と共にその身を美しく咲かせれば咲かせるほど、観客も増えていった。彼女はそのことに喜びと憂いを感じていた。それは自分を曝け出せる、そんな自分を愛してもらえる喜びの一方で、彼女を待つ観客のざわめきが、祇園の鐘のように聞こえてしまうからである。しかし、女を待つものは大勢いる。現に、彼女がこの世界に初めて足を踏み入れたときをはるかに超える観客の熱気が伝わってくる。彼女はいつものように深呼吸をした。そして彼らの期待に応えるように、光の下へ歩みだす。  ずっと私だけを見てほしい———女の思いは仕草に現れる。目を逸らせなくなるほどゆっくりと焦らしながら、その美しい花は花弁を散らすのだ。
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