第一話 花ひらく

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第一話 花ひらく

 それは生ぬるく、日光をたっぷりと含んだような風の吹く夜だった。  ネオン街を一人の女が歩いている。女には、街の喧騒など聞こえてはいなかった。何故なら彼女の脳内は不安と、ほんのすこしの期待であふれていたからだ。今夜は、二十年もの間、引っ込み思案で己を前に出すことをしなかった彼女にとって人生を大きく変える夜である。一度入ってしまえばもう戻れないような、そんな雰囲気を恐れつつも心のどこかで羨望していた世界に、彼女は足を踏み入れるのだ。    観客のざわめきが、やけにはっきりと聞こえる。女は深呼吸をした。手が汗ばむ。慣れないハイヒールのせいもあってか、地に足がついている気がしない。彼女自身の性質は、そう簡単には変わらない。しかし、無情にもついにその時が来る。もう一度深く呼吸をして、きらびやかな花弁を纏った女は暗闇から眩い光の元へ、こつり、こつりと音をたてる。あらかじめ決まっていた位置につくと、音楽が鳴りだした。歓声が上がる。そして、自身の鼓動の高まりに震えながら衣装に手をかけた。  今宵、ひとりの女が花ひらく。
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