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「ああ、頭痛ぇ……」
「もうすぐ村につきますぞ、お侍様」
鎧武者と小柄な男が辺鄙な山奥を歩いていた。
太刀を杖代わりにしながら、鎧をガチャガチャと鳴らしてふらふら歩くのは、丹田武信という名の男である。
ざんばら髪に無精ひげの赤ら顔。日々の鍛錬により、手足はがっちりとし、酒に酔っていなければ、甲冑の重さも道程も苦労はしない。
武信は検非違使として京の警備を生業としているが、こうして山奥にいるのには理由があった。
昨晩、仕事中に同僚と酒盛りをしていると、偶然通りかかった男が参加し、とっておきの怪奇談をしてみせた。
「ある村には、人を食う鬼が出るらしいんです」
「なに? 人を襲うとはけしからんな!」
「村では腕の立つお侍様を遣わせてもらい、鬼退治を試みたんですがね」
「ほう、どうなった?」
「残念ながら、返り討ちに遭ってしまったそうな」
「なんと情けない侍だ! 鬼すら討てずして民を守れるものか!」
武信はたいそう酔っていて、このやりとりをあまり記憶していない。
「その後も鬼討伐は行われましたが、皆ことごとく殺されてしまい、鬼の姿を見た者は誰もいません。今も鬼を倒せる剛の者を募っているのですが、受けてくださる方はおらんのです……」
「それは困ったことだな。武信、お前が行ってみてはどうか?」
武信の同僚が言う。
「なっ!? 俺は駄目だ。京を守る重要な役目がある。ここを離れるわけにはいかぬ」
「その村というのが、割と近くにありましてね」
男が答えると、同僚はぽんと膝を打つ。
「ほう! ならばすぐに帰って来られるな。さっそく明日行ってくるがよかろう」
「おい、待ってくれ!」
「不都合などありはせぬではないか。その腕で民を鬼より救ってくるがよい」
「それはそうなのだが……」
武信は口も腕も達者な負けず嫌いであるが、実は気が弱い。同僚はそれを知って武信をからかっていた。
「昼過ぎに発てば、鬼の出る刻に着きましょう」
「し、しかしな。俺はその村を知らぬ。道に迷って朝になってしまうやもしれぬ。さもあれば、きっと仕事に差し支えが出よう」
「これは神仏のお導きでしょう。私は商いを生業としておりまして。ちょうど明日、その村の近くにいく予定があるのです」
「やったな、武信。鬼を退治したとなれば、念願の昇進がかなうやもしれぬぞ」
同僚が追い打ちをかけ、これには武信も反論できなくなってしまう。
「おうおう! 鬼だろうが蛇だろうがかかってきやがれ! この丹田武信が一太刀にて断ち切ってみせようぞ!」
武信はぐいっと酒をあおる。
「良い飲みっぷりですな、お侍様」
「ええい、こうなりゃやけだ! もっと酒持ってこい!」
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