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精なる種
画期的な発明だった。
それは当時から日本の権威であった江戸川大学農学部の榊原江津子教授が開発したものだった。
その発明にほぼ全ての世の男性たちは「人権侵害だ」と騒ぎ立てたが、世の女性の全てと、妙な正義感を持った残りの一部の男性どもの賛成により、その発明は世に受け入れられ、国の施策に導入されることとなったのだ。
こんな現状になった今では、当時とち狂ってその政策に与した男どもも後悔の念にかられていることだろう。
まあ100年も前のことなのでその当時に関わった人たちはほぼこの世におらず、あちらの世界でということになるだろうが。
はたまた輪廻転生というものがあったならば、再び生を受けたこの世界で、自らが賛成した政策に苦しめられているのかもしれない。
花澤来夢のもつカプセルに入ったその植物は、未だ花を咲かせることはなかった。
中学生になってから迎える2度目の夏も終わりに近づいてきた来夢は少し、いやかなり焦りの気持ちを覚えていた。
もう来夢以外の同級生の男子は全員その植物の花が開いていたからだ。
来夢の母親は「高校生になっても咲かない子だっているんだから心配しないの」となだめるようによく言うが、当の本人の来夢にとっては気が気ではなかった。
小学校入学と同時に国中の男子児童にのみ配られるそのカプセルは、いついかなる時も所持しているように義務付けられている。
そして場所や相手如何に関わらず、求められればいつだって見せなければならないのだ。
ちょうど先週の水曜日、最後の1人の座を争っていた隣のクラスの水瀬樹のカプセルの中にも、8枚の花びらをつけた綺麗なピンク色の花が開いた。そのおかげ、来夢は晴れてまだ花の開いていない唯一の2年生という称号を手にしたのだった。
最も、当然そんなものを望んだはずはないのだが。
来夢は自分の部屋のまだ自分の体よりもだいぶ大きなベットに寝転んで、恨めしそうにそのカプセルの中で燻っている蕾を見つめていた。
こんなに来夢が憂鬱に思っているのは学年で最後の1人になってしまったからだけではなかった。
もちろんそれも原因の一つではあるのだが、決定的にダメージを受けたのは昨日だのことだ。
来夢が密かに心を寄せるマドンナ、中野さんにその話を聞かれてしまったのだった。
それもこれも美来のせいだ。
二宮美来は来夢と幼馴染で、羨ましいことに中野さんととても仲が良いのだ。一年生の時に同じクラスで仲良くなったようで、いつもやかましい美来と、お淑やかな中野さんではタイプは正反対のように思えるがなぜか馬が合うらしい。
そんな美来がうちのクラスに遊びにきて中野さんと話している最中に、パッと来夢のことを見つけて「水瀬くん咲いたらしいけど、来夢ってまだなの?」なんてことを大きな声で言うもんだから、一緒にいた中野さんに聞こえていないはずはなく、中野さんは美来の隣で少し苦笑いをしていた。
「あーあ美来のやつ」
窓から美来がいるはずの隣の家の方を見て、来夢は文句を言った。
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