02 半夏生

6/14
前へ
/190ページ
次へ
「はい。今は控えめに生きてると楽だから、そうしています」  私は誰かのためじゃなくて、自分のために控え目にしているだけ。 「楽に生きるかあ。なるほど」  また、そのままに受け入れて貰えた。  軽蔑もされず、説教もされず。 「不思議な人ですね。店長さん」 「そう?…あのさ、名前も覚えるの苦手?」 「いえ。顔と一致させるのは難しいですけど、名前は覚えられますよ」 「俺の名前は?」   バカにしてる訳じゃないよって、ニュアンスが伝わってきた。何だか店長さんが楽しんでるみたい。だから、楽しい気分で答えた。 「『eternal』の店長さんの佐倉大樹さん」 「覚えてるのに、何で店長さん?」 「これには訳があって。不愉快な気分にさせるかも」 「怒らないので、教えてください」 「顔が覚えられないけれど、服装とか髪型で識別しようとするんです。あと、ものすごく特徴がある部分に注目するとか。  きっとこの人だろうと思っても、間違えたら失礼ですよね。名前を間違われるより、役職や所属を間違える方が、嫌な思いをさせないかなと思って」 「なるほど」 「例えば店長さん。松田さんですよね?より課長さんですよね?と間違われた方がマシじゃないですか?」 「本当だ!」  店長さんの驚きようが、本当にそう感じたみたいに見えた。とても、素直な人なのかもしれない  そう思った直後、なぜか店長さんは盛大に笑い始めた。どこがそんなにおかしかったんだろう? 「もう!爽やかに私の悩みを笑い飛ばしてくれますよね!?」  ほんの少し腹が立って、私はふてくされた。こんな遣り取りを家族やごくごく親しい人以外とするなんて、十年以上記憶がない。  ある期間を除いては。    駄目だ。こんなに楽しい気持ち。 後で、辛くなるだけだから。 
/190ページ

最初のコメントを投稿しよう!

227人が本棚に入れています
本棚に追加