02 半夏生

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 でも、あと少しだけ。 「なんか、いつも私のこと笑ってません?」 「いやだって、面白いよ。言われない?」 「あまり…」 「えらい楽しそうだね。お二人とも」 「この人冗談ばかり言うので可笑しくて」  店長さんは笑いながら言った。また、少し悔しい気持ちになる。だって、私の真剣さを笑うんだから。 「この人なんか、嘘ばっかりで」    店長さんは、更に笑い出した。 「まあまあ、二人とも仲が良いのを隠さなくても。こんな良い男と器量良しが一緒にいたら、誰も間に入れやしないよ」  そう言って去って行った。 「まあ、頑張んなさい!」    なぜかおばちゃんは、店長さんの背中を叩いた。この状況で励まされるの、私じゃないのかな? 「美花さん。なかなか本題に入れないから、場所を変えませんか?時間がまだ大丈夫なら、カフェとか」 「そうしますか。何だか今日のおばちゃん、私のことからかいたくて仕方ないみたいで」  立ち上がりつつ、話をしていた。 「可愛がられてるんですよ。美花さんの反応がかわいいから」  かわいいとおっしゃいましたか?  そんなこと、今まで一度たりとも言われたことありません。セクハラ的な発言は、山ほど受けてきたけれど。  真っ赤になっただろう私は、動けないくらいの衝撃。  椅子の背凭れに手をついて、少し落ち着くことにした。 「美花さーん、行きましょう」  店長さんに親しみのこもった声を掛けられて、私は思わず店長さんの顔を見返してしまった。見て覚えられるわけじゃないけれど、表情なら分かる。感じるのは、穏やかさと温かさ。迷惑や戸惑いは全く感じられない。  そのことが、私にはとても嬉しい。  店長さんは不思議に思ったのか、小首を傾げた。  私は嬉しいような、悲しいような不思議な気持ちになって店長さんを見た。  おばちゃんと何か楽しそうに遣り取りをしている店長さんは、きっと誰とでも親しくなれる人なんだ。    だから、私にも親しく口を利いてくれるだけ。  特別な何かを期待してしまいそうになるのを、私は一つずつ打ち消すことにした。
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